2007年09月28日

徹夜⇒仮眠

仕事じゃないのに、徹夜。
執筆で、徹夜。
コンペ締め切りまであと2日。寝てはいられない。。。
エアロスミスは、徹夜するときに必須のBGMだ。
寝てられないくらいの爆音で効きながら(もちろんイヤホンで)、突っ走れる曲。

今週受けた健康診断で、血を抜かれた後から体調不良となり、
全く進まなかったのが誤算だった。
とりあえず鉄分と野菜を摂れるだけとって、元気を取り戻し、
ラストスパート中。

不義理がたまっていて、申し訳ない状況ではあるが、
半年間断筆していたから、ここは踏ん張りたいところである。

体調悪かったときに、細かい詰めをしておいたのが効いている。
だてに、一年間書いてこなかったことの一種の証明のような気がする。

あとはラストシーンに向けてどんどん進めるのみ。

がんばる・・・

Posted by fre9 at 06:20 | Comments (0)

2007年09月23日

髪を切ったら・・・

高校生みたいになっちゃいました。。。
短くさっぱり。
前髪は、パッツンは免れたものの一部「オン・ザ・マユゲ(死語)」

すっぴんで歩いたら間違いなく中学生だ。。。

どうするよ、24歳。。。

ま、若く見られるんだから、いいか!!!

Posted by fre9 at 23:13 | Comments (0)

2007年09月17日

わたしは添削師

基本、ボランティア的なものではあるのですが、
小論やエントリーシートの添削師をやっています。
ある意味、夜の蝶みたいな感じ。

学生時代、小論講師をしていました。
受験生に、
「どうしたら ”受かる” 作文or小論文が書けるのか」
といったことを説き、添削し、時には模範解答を作っていた。
当時、生徒の8割は合格したというのが、
わたしの就職活動時のアピールポイントだったことは否定しない。
(今も十分アピールポイントだ)

就職活動のときは、友達のエントリーシートを添削して、
(あ、名誉のために言っておきますが、
 書き方をアドバイスしたのであって代筆などしてません)
友達がパスして自分が落ちたなんていうこともあった。
ま、それはいい。
わたしの場合、エントリーシートは、某2社以外は全部パスできた気がする。
問題はその後の面接でやらかしまくって、ぐだぐだになっていた。
だいぶ青かった、あの時の自分。。。

今も、後輩に面接のアドバイスだけはしないつもりです。
なにせ、大学入試は面接官と喧嘩をして、
その元気のよさを逆に評価してもらったことで入れたわけだし、
就活では、私のぶっちゃけぶりを社長が気に入ったらしい感じだし、
移職活動でも、やはり重役相手にマジ突っ込みを入れてやりあった末、なぜか受かったし、
とにかく、まったく、参考にならないからである。

というわけで、毎年この時期に、
後輩や知り合いの人からぽつぽつ依頼が来る小論やエントリーシートの添削に関しては、
引き受けることにしている。
わたしは「そういう書類に何を書けばいいか」ということに、
なんとなく勘を持っている自負もいくらかはあり、
同時に文章を書くということに関して全く苦にならない人間なので、
「あいよー」という一言で了承する。

そこで常々感じていることを今日は書こうかと思う。
これは、小論・作文の訓練方法のメソッドでもあり、
わたしがいつも添削する時に心がけている添削師としての立ち位置でもある。

さて、始める。
「文章書くの、無理ー」と思っている人に、わたしが言いたいこと。

一つ、「起承転結を守る」
一つ、「論拠は、自分の経験(実験データがあるならばそのデータ)
     の中から引き出して自分だけ(ユニーク)のリアリティを出す」

書き方に関しては、この2つさえ守ってくれさえすれば、
あとはもう採点者との相性如何で合格・不合格が決まると思っている。
小論文とか、エントリーシートとか、
そういう採点される前提の文章を書くのに苦手意識のある人は、
だいたいこの2点両方かどちらかに問題を抱えていることが多い。

そのほかに戦術的なものももちろんある。
どちらにも共通しているのが、これ。
・インテリっぽいことを書こうとしない=カッコつけたことを書かない
⇒志望動機は、「この学校に入りたい」「この会社に入りたい」を書くもので、
 自分の考えを押し付けるものではないし、
 テーマのある作文であれば、「私は〜についてこう思う」「私は〜したい」を書く。
ここを勘違いしてしまうと、その作文はお蔵入りである。

試験の場合、
・時間配分
・考えメモの作成

エントリーシートの場合は、
・一本筋を通す(言ってみれば自分の軸に関連することしか書かない)
・その筋を提出企業によって出しわける(その前に企業研究が大前提ではあるが)

などなど。
だが、こういう戦術的なことも、
そもそもの2点が出来上がっていないと意味をなさないのだ。

添削師は書かれたものを読んで、赤を入れることしかできない。
基本的に、書き方に関して突っ込みを入れるだけであって、
書かれている内容に関しては、個人の思想なので尊重する方針である。
言葉遣いとか、偏りすぎな事に関しては、極力最低限の修正を入れている。
なので、読んでいて、ものすごいもどかしく思うときもあるし、
「惜しい!」と思うときもあるし、
「よくぞ掴んでくれた!」と泣ける時もある。

でも、上記の2点について、添削師なしで鍛錬する方法もある。

それは、「論理思考で書かれている文章の要約」である。
手っ取り早いのは新聞の社説で、
それをひたすら起承転結の形に要約していく。
要約に慣れたら、今度は逆のことをする。
自分が書こうとしている内容について、
簡単な起承転結形式の要約メモを作り、それを膨らませながら原稿に起こしていく。
この方法は、自習が得意な飲み込みの早い子には、
実は一番近道のような気がしている。

誰かが書いた文章の構造を掴むことは、
自分の論の構造を作る際のヒントとなる。
受験や就職活動の場合、
クリエイティブテスト以外はほとんど起承転結構造で書いておけば間違いはない。

昔から、起承転結というのは文章の基本と言われて、
学校の授業でも教えられてきたが、
いざ自分が書く時になって、それができるかというと、それは不可能である。
わたしの場合、論文形式のコンペに挑戦しまくっていたのと、
高校での英語によるパラグラフライティングの授業において、
論理記述を逆輸入形式で徹底的に教えられたのもあり、
どうにかこうにか、さしたる苦を感じる暇もなく、身に着けられたのかなと思う。

今も、一生懸命書くことをしているし、
そうやって書くことを繰り返してきたおかげで今の私がある。

というわけで、これからも、
こんなメソッドで小論やエントリーシートの添削はやっていくつもりである。

そして、もしこの先二進も三進もいかなくなってしまうようなことがあったら、
添削師として事業を興してやろう、と思っている。
本当は二進も三進もいかなくてもやりたいと思っていて、
ちょっとずつ考えてはいますけども。


以上、影の添削師、今夜もここにアリ。

Posted by fre9 at 23:26 | Comments (0)

とりあえずの平穏

いちおう、解決した。と思う。
あとは、自分がどう生きるかだと思う。
まだ消化しきれていないことも、
これから消化しなければいけないことも、
一つ一つなんとかしていくしかなくて、
とりあえずは、全てを飲み込んで生きるしかないんだなと思う。

本当は、家の中だけの出来事であったはずなのが、
わたしのことを想ってくれている良き人々(平安時代の表現か・・・)までも、
心ならず巻き込んでしまったのが、反省点ではある。

わたしの心の中にできてしまったイガイガした氷が、
少しずつ溶けていくことを自分で願う。
溶かすための努力や、溶かす手段は模索しつつ。

ハレの日には、笑っていられるように。

Posted by fre9 at 19:18 | Comments (0)

2007年09月09日

もの凄くブラックな時期に、どん底なことを書いておくのも、
自分の生きた過程を振り返る上では後々役に立つこともあるかもしれない。

縁って一体なんだろうと時々考えている。
たとえば、
血の縁があるから、愛情が生まれているのか、
地(場所、学校とか組織)の縁でつながっているから感情が沸くのか。
人の縁でつながっているから、気遣いが生まれるのか。

いずれにしても、自分と何らかのつながりのある人と、
口の上では綺麗ごとを言って、
心の底ではなにを考えているのか分からなくて、
何かを伝えたくても聴く耳を持たれることもなく、
力で押さえつけられることへの無言の抵抗を、
わたしは、いつまで続ければ良いのか全くわからない。
そして、何よりも、全く無関係の、大切な人物が、
本人の意思に関係なく巻き込まれていることが苦しくてたまらない。

人を、金の力や言葉の力や、身体の力によって、
徹底的に押さえ込もうとすることの、
どこに生産性があるのか。
どうして、そうした解決方法しか選べないのか。
そして選ぶようになってしまったのか。

話せば話すほど、
偽善者にしか思えず、
かつてはあった信頼も崩れ落ち、
孤独感しか湧き上がってこない。

裏切られた感情は、信頼していた期間が長ければ長いほど、
底なし沼のように深みにはまっていくだけだ。

付き合いの短い全くの他人だったら、別にどうだっていい。
それだけの縁だったと思って、何も言う気になんかならない。
でも、全くの他人じゃないから、
それまでの感情がどんどん負の感情になっていくことが苦しくて、
全くの他人じゃないからそれがやっかいで、
でも、どうしようもない。
解決方法は、時間に任せるだけでは足りない。
近くにいないこと。
その選択肢は前からあった。
でも、ここにきて選ばないといけなくなるとは思わなかった。

今日は、24年生きてきて一番ショックな日だったと、記憶しておく。

Posted by fre9 at 23:10

2007年09月06日

Happy B-day

1日過ぎてしまったのですが、
9月5日は我が崇拝するFreddie Mercuryの誕生日でした。
生きていれば、61歳。
実に37歳差の歳の差ですが、
この父親の年齢でもおかしくないこの人を、
なぜに私はこんなに好きなのか、時々こういう機会に考えてみます。

いつも結論は「生き方が好きだから」というところに落ち着くのですが。
とにかく、人としてこういう人は大好きです。
Freddieじゃなくても、私は生き方やその人が持っているありとあらゆる才能
(それはどんなに小さいことや地道なものであっても)に、
惹かれるタイプなんだなぁと改めて思う。

ま、ヒゲ好き、二の腕血管、プチマッチョ、
実は眉間のシワがあると渋くてツボ、
実は長髪似合うとツボ、
とかとか、そういうフェチぃ好みはありますが。。。

8月末くらいからずっとフレディのソロアルバム
「The Great Pretender」ばかり聴いています。
このアルバムは構成が良くて、好きな曲ばかりなので好きです。
しかも、フレディに関して紹介するときよく使われる曲の、
アレンジバージョンで構成されているのが、いい。

この世にフレディはいないけれど、
彼の作ったメロディと、書いた詞と、歌声は、
私の傍らで、そっと後押ししてくれるような気がします。
フレディのソロを聴いていると、創作意欲が湧いてくるのです。
良いことですな。
今月はひたすら突っ走って書きます。

今年の命日はきっと日本で晩餐会の方向が濃厚ですが、
最後まで望みは捨てないでおこうかとも思っています。

Anyway,
Happy Birthday Freddie.

Much Love, from fre9

Posted by fre9 at 00:26 | Comments (0)

大手町勤務開始!

微妙にタイミングを逃し気味ではあるのですが、
新職場、スタートしました。
9月3日から、
大手町勤務。
あぁそうです、OLの街です。

お昼休みに外に出ると、
「うわぁ・・・OLだらけじゃ・・・」と思うし、
OLのお姉さま方とお昼に行くと、
「うぉぉ・・・OLっぽいランチだ・・・」と思う。
そうか、世の中のOLというものは、
こういうお値段のこういうランチを食べていたのか。
ていうか、大手町、OLプライスやめてください。
最低価格は1000円から?
それとも私がまだ知らないだけ?
お食事券を新会社からいただきましたが、それだけじゃ足りないデスヨ。

今までどんな生き方していたんだよ、、、
と自問自答するくらい、違うカルチャーを見たような気がしました。
でもどんなカルチャーに行っても、私はわたし。
fre9的生き方のモットーである、「たつのおとしご的人生」は変わらないのです。

しばらく猫かぶる努力をしてみていたのだが、
2日がんばって非常に疲れたことに気がついたので、
今日から化けの皮をはがしてみました。
じゃーん。
Freddieマニアの新入社員。
もう、いいさ。好きなんだからしょうがないじゃないか。

ドン引きされない微妙なラインすれすれのところで、
ファンキー度を調整してみようかと思います。

社会人2年目にして、2社目となりましたが、
会社のカルチャーの違い、それから、両社の長所・短所、
あぁなるほどなと思うことがいっぱいです。

でも、お仕事は9割方希望通りのお仕事をさせてもらえます。
もちろんまだまだ社会人としても業界人としても未熟なので雑用もありますが、
これは大きいです。
なんか、勝ち取った気持ちです。
そのうち、私のコラムとか、レポートを世の中に発信できる日がやって来る、
そう考えるだけで地道な作業もモチベーション上がるというものです。

早く書きたい。。。
が、、、とりあえず早速振られたリサーチをひたすらがんばる。

よし。

Posted by fre9 at 00:10

2007年09月01日

ハマリそう宣言

つい最近まで、思い込んでいたことがあります。

都会で温泉に入れてマッサージを受けられる場所といったら、
「健康ランド」だと思っていました。

健康ランドといえば、さくらももこの本に体験記が書いてあって、
そのイメージが強かった。
なんというか、おじいちゃん、おばあちゃんのための、
一種の湯治場施設というイメージで、
間違っても家族連れ、友達同士、カップルで行くような場所とは思えなかったのです。

が、そんな健康ランドがとってもお洒落に生まれ変わったらしいことを
恥ずかしながら、つい最近知りました。

東京ドームのラクーア、それからお台場の大江戸温泉、
そして、横浜 みなとみらい。。。
ラクーアは聴いたことあったからまだいいが、
問題は横浜だ。
こんな近くにあったんだ。
しかもワールドポーターズと、コスモワールドの目の前だ。
近未来をイメージしたようなみなとみらいに、
温泉とマッサージ、そしてエステなんかが揃った、
実に庶民的な場所
があったんだ。。。

まぁ、一見して何の建物かよう分からん外観をしているので、
ここはよしとしてくれ。
と自己弁護してみる。

温泉でお肌つるつるになったあと、
アロマオイルエステで全身の凝りをほぐしました。
施術のおねえさまに、
「肩と足がゴリゴリいってましたね(苦笑)」
と言われるくらい、凝ってました。
「またゴリゴリいってきたら来て下さいね」
と言われたので、また行きます。

ゴリゴリしなくても、行きます。

ここは、なかなか美味しいご飯も食べられて、
足湯は最上階で横浜の夜景を見ながら浸かることができます。
観覧車がこれでもか!というくらい近い位置で大きく見えました。
ぎらぎら光ってました。

清算方法もシステム化されていて手ぶらで過ごせる。
リクライニングシートに寝ながら、ディスカバリーチャンネルとBBCが見られる。
言うことなかったです。

何より驚いてしまったのが、
客層は、絶対年齢層高めだと思っていたのに、
若い年齢層のグループや、男女二人組み、女二人組み、親子などが
わさわさいたことだ。
ぜんぜん気兼ねなしにお風呂入れますね。

ただ、脱衣所のお手洗いのドアを開けた時、
おばちゃんたちが数人、
何も着てない姿で平然と並んでいたのにはびびりましたが。。。
旅先の温泉でも見たことなかった光景だったので、
自分は何か間違ったことをしでかしたか!?と思い、思わず一回ドアを閉め、
呼吸を整えてからお手洗いであることを確認し、
再度あけても同じ光景だったので、落ち着いて入りました。

そんな、お初を、24歳にして体験いたしました。
まじでハマリそうです。
温泉の後にエステとか、まじやばい。
エステで身体ほぐれたあとに温泉とか、まじやばい。
その後に冷たいソフトクリームとか、まじやばい。
願わくば、今度はウイスキーかブランデーを所望してみたいです。
あ、こういうときはビールなのかな。
その辺はどうでもいいですが、ひとまず、
女友達引き連れて1日ボディケアをして過ごす、なんてことを近々やりたいです。
参加者募集中。
(基、一本釣りしていきますよ)

Posted by fre9 at 23:56 | Comments (0)

顎関節症(がくかんせつしょう)

告白します。
わたしは、がくかんせつしょう です。
漢字で書くと、顎関節症だ。

口を開けたり、何かを噛むと、あごがカクカク音がしたり、
酷くなると痛みが出てきたりする症状のことです。

わたしはまだカクカクという音しかしないのですが、
非常に気になるので、治せないものかと思い、病院に行って参りました。

18年ぶりの、横浜市大付属病院。
市営地下鉄坂東橋駅下車、浦舟町の病院です。
なつかすぃ。

なぜ懐かしいかというと、小学校3年くらいまで定期的に通っていたからです。
しかも、今回と同じ、歯科に。
いろいろあって、前歯の永久歯が生えてこなくて、
義歯を作ってもらっていたのです。
その後無事生えてきましたが。

懐かしい談義はまた後ほどアップします。

ここで書いておきたいのが、治療法について。

結論:現段階では治療法なし。

だそうで・・・
ショックだったです。

カクカク音がする状態というのは、
あごの関節にあるゼリー状の接合部分がずれてしまったために起こるもので、
それによって炎症がおきない限り、治療できないんだとか。
昔はあごの辺りをパックリ開いて、接合部分を元に戻したりしていたみたいですが、
あまり効果がなかったらしいです。

私が、あまりに「音がしないようになんとかできないものですか?」と聞くので、
ガイコツを使って説明してくれたのでした。
しつこくてごめんね、お医者さん。

ふぅ・・・
私はこのカクカク音とずっと付き合っていくのか。。。

その後お医者さんから、
日々の生活で気をつけることについて記載した紙をもらいました。
そこに書いてあったことで笑えることがあったので、列挙してみます。

・固い物をやたらと食べないようにする
⇒要するにおせんべい禁止令です

・固いものは細かく切り、一口大で食べられるようにする
⇒要するにハンバーガーとか禁止令ってことです

・ガムを無意味に噛まない
⇒ほぼ毎日噛んでいたキシリトールガムは、
  今後、意味をもたせて噛まないといけません
  さて、ガムを噛む意味ってなんだ?

・むやみにアクビをしない
⇒え!?(絶句)

むやみにあくびをするなって言われても・・・私には無理なんですけど、
と言ってみたら、
「じゃあ、口を開けないでください」と言われたです。
一瞬黙ったわたしを見て、
「まぁ、口を開けるとしても、小さめに、、、ね、、、」と優しく補足してきました。


さて、わたしはこの紙の通りに生活できるんでしょうか。
たぶん、途中で挫折しますね。
以下、その後のお医者さんとの攻防。

「ここに書かれてあることを注意して行えば良いってことですよね?」
「どちらかと言えば、、、ここに書かれてあることをしないでください」
「やりすぎないって解釈で良いでしょうか?」
「まぁ極力やらないってことでしょうね」
「そうですか・・・」
「はい」
「ガムとかも・・・?」
「あごに無意味に負担かけるだけなんでね」
「そうですよねぇ・・・苦笑」
「あとは気にしすぎないってことですね」
「でも・・・この音は響きます・・・」
「あとストレス溜めないとかね」
「ストレス、、、なかなか減らないんですよねぇ・・・苦笑」
「良く寝てください(にっこり)」


とりあえず、しばらくは従います。
酷くならないようにリハビリ体操も教えてもらったので、毎日やります。

カクカク音よ、早く退散してくれ・・・

Posted by fre9 at 01:45 | Comments (0)

補足・思想の在り方についての考察など

ここ2週間、マジメなことしか書かなかったので、疲れました。
マジメに考えてみたのは楽しかったけど、疲れました。

で、大分危ない人に思われていても困るので、一言。
私は宗教家ではないし、なるつもりもないですよ、
ということだけ言っておこうかなと。

先祖代々は臨済宗らしく、今お世話になっているお寺さんは
臨済宗円覚寺派なんですと。
中学生ぐらいから祖母の法要などで法話なぞを聞いているので、
なんとなく興味を持っています。
高校生のとき、当時キアヌ・リーヴスにはまっていた私は、
彼が主演していた「リトル・ブッダ」を見て、そのカッコよさに余計ハマり、
「ブッダ、カッコイイ・・・(←キアヌだから)ブッダ、いいじゃん♪」
とミーハーブディストになった。
そんな、エセ仏教徒fre9です。


が、そんな私も、小学校の時はなぜだか
「○○○(fre9本名)教の教祖」と呼ばれていた時期があり、
今考えると謎の思い出としか思えない記憶がある。
いくらかの友達が「一万円♪一万円♪」と歌いながら、
教祖である私の周りをぐるぐる盆踊りのように回っていく。
そんな儀式を休み時間にやっていた。
なんで一万円だったのかよう分からん。
わたしは自分の周りを回る友達を見ていて、教祖自ら引いていた記憶がある。

なぜ教祖だったかと言えば、
その当時、オウム真理教の話題で持ちきりだった時期だからである。
このときは、ありとあらゆる小学校で
「ナントカ真理教」が流行った時期でもある。
通っていた学習塾でもクラスで、「ソメカワ真理教」と言うのを作って、
理科担当のソメカワ先生を茶化していた。
ソメカワ先生、おとなしいから完全にこっちのペースに持っていかれて、
色んな変なことを言わされたりしていた。。。
今考えるとかわいそうで仕方がないが、
あの当時は何の罪悪感もなく楽しくやっていたという感じしかない。

小学生というのは、残酷で、ずいぶん本能的だなぁと思う。
その気はなくても、人として酷なことをしていたりするし、
そのコントロールが効かない。
私の小学生時代がそうだっただけなのかもしれないが、
あれほどの弱肉強食、ケモノの世界のような序列と狩猟民族のような世界には、
もう二度と身を置きたくないなとさえ思うくらい、残酷なコドモの世界だったと思う。

そんなだったから、今のコドモのイジメ問題の内容を聞いても大して驚きはしない。
だが、それで死んでしまうコドモの数がめちゃめちゃ多いことにむしろ驚く。
同じような世界を潜り抜けて今に至っている私たちは、
随分と逞しかったのか、
それとも周りのオトナ達が良い方向に導いてくれていたのか、
それはよく分からないが、
今も10年以上前(になるんだと今知って微妙に衝撃・・・)も、
コドモって単純で残酷なのは変わらないんだなぁと思う。
ネット上でいじめてるコドモ達も、基本いじめ方は変わっていないし。

とはいえ、オトナでさえ使い切れていなくて精神的に参るネットに、
単純なコドモが触れるんであれば、
それなりに教育というか、ルールは教えておいて良いと思う。
ルールを破るのは勝手だが、ルールがないと思われてしまうのは問題。

話があらぬ方向にいってしまったが、
宗教というものには、
オトナにもコドモにも通ずる普遍的な何かがあるに違いないっていうことです。
強引なオチ。

Posted by fre9 at 01:30 | Comments (0)

続・思想の在り方についての考察など

とはいっても、何かしらの思考の拠り所が必要なので、
現在、自分がよく拠り所とする2つのキーワードを記しておこうと思う。

・人間は動物である
・高度に発達した大脳を持つ動物「ヒト」に、
 人間としての付加価値を与えている重要なものはあらゆる意味での「信仰」である

来週から、いよいよマーケティングとやらをやるにあたって、
自分なりの考え方が確立できるような仕事の仕方をしたいと考えている。
今考えている仮説、というか、視点の位置として、

「動物的(あるいはケモノ的)マーケティング」
「ある種の信仰を生み出す思考システム」

という観点があるのだが、これにはそれぞれ理由がある。

前者は

・人間は動物である

という立ち位置から考えたもので、
動物としての行動特性とヒトの動き(金の動き)の間には、
何かしらの共通性があるのではないか、という仮説に基づいている。
そのために、霊長類にとどまらないあらゆる生物の生態を、
高校生ぶりに勉強してみようかと思っている。
生物が赤点すれすれなほど苦手だった私としては、大きな進歩である。
嫌いな昆虫の生態もがんばって勉強してみようと思う。
写真は絶対に見たくはないが。


後者は、言わずと分かるように

・高度に発達した大脳を持つ動物「ヒト」に、
 人間としての付加価値を与えている重要なものはあらゆる意味での「信仰」である

という立ち位置から考えたもので、
所謂ブランディングを宗教的な側面から定義づけようという試みである。
ブランディング理論では軽く「信仰心を植えつける」と流されている部分を、
本当の宗教の経典や聖典の中からその要素となり得るものを拾い上げ、
種々のブランドをカテゴライズしてみたい。

というのも、宗教の経典、聖典というものは、
人間が考え出したストーリーの結集であって、
「人間性」というものの帰結点はここである、と言っても過言ではないほど、
世界を支配する力を持っている。

旧約聖書、新約聖書、仏陀についての文献を今のところ読んでいるが、
いつも読んで思うことは、
人間というのは、科学技術が発達したとしても、
やっていることは同じであるということである。
結局、世界の設定や文体や構成は違えど、
人間の在り方はどんな小説も同じにならざるを得ない。
それは、様々な宗教の経典が、
人間の有り様を実に細かく描ききってしまっているためである。
と私は考えている。
どんなに進歩的な作家であっても、ここの壁をぶちやぶっている人はいない。

だから、65億人のうち、
キリスト教(各派)、イスラム教(各派)、ユダヤ教、ヒンディー教、
仏教(大乗・小乗含む)、儒教、神道、ゾロアスター教、モルモン教、
その他数多くの宗教が、人間の思考を統治しているというのは、
実はもの凄いことである。
武力は未だに宗教統治(あるいは後述する宗教的な間接統治)を
破ることはできないのだ。
これは唯一の救いかもしれないと、現在の世界を見ていて思ったりする。

統治の仕方として今のところ分類しているのは、
国として直接統治している場合もあれば、
精神的な規範として間接的に統治されている場合、
そして日本のように無宗教という人が多くいながら、
「道徳」として脈々と受け継がれている超間接的な統治など、多岐にわたるが、
それぞれの統治の仕方には、宗教毎に特徴があり、
それが世界経済の中でも考慮すべき点として考えられているはずである。

というわけで、
そのシステム、メカニズムの部分を整理してみたいと思っている。


この2方向からのアプローチにより、
・自分なりのマーケティング論を確立する
という目標と、
・人間を解明する
というライフワークの両方の実現を目指すことができる。
後者は創作のほうに活かせると思うので、
後者を頑張ってしまいがちになるだろうが、
長いスパンでがんばろうかと思う。


続編、終わり。

Posted by fre9 at 01:21 | Comments (0)