8月最後の海、第2弾。
途中下車した、東海道線「根府川」という駅は、何年も前からの憧れの駅だった。
昔の古い木造の駅舎、そして無人駅。
鉄道マニアではないが、この駅の風情は大好きだった。
そして、いつかこの駅で降りて駅から見えるあの海岸でぼんやりしたい・・・
それがここ数年の夢だったのである。
無人駅だったけれど、スイカの受信機はあった。
去年行った、奥多摩方面の川井駅にもあったことを考えると、
なぜ、沼津駅にないのか不思議である。
JR東海は別管轄なんだろうか。
駅舎を出ようとしたところに、関東大震災受難の碑というのが建っている。
確かここの駅は、震災で埋もれ、
今使われている駅は震災後に建て直されたものであることを思い出す。
東海道線沿線には、こうやって震災でつぶれた駅というのが多くあるのだ。
駅を出ると、道が二手に分かれていて、
きっとどちらに行っても海につながっていることは確かであったが、
勘で右に行ってみた。
が、この日は勘が冴えていなかったことに15分あるいて気がつく。
車の通りの多い道をいくら歩いても、なんとか海岸道路 は海にたどり着かない。
かなり遠回りをするルートのようだ。
しかも、4トントラックが猛スピードで走るような道路で、
わたしは2回ほど跳ね飛ばされそうになり、
ガードレールにしがみついて難を逃れた。
こういうとき、荷物は車道側に持っていては危ないんだな、、、
ということを身を持って知る。
ということで、途中で見限って駅に戻る。
駅近くに交番があるのを発見し、
「あ、最初からここに来れば良かったじゃん・・・」と思いつつ、ドアを開ける。
「こんにちは、海に行くにはどうやって行ったらいいんでしょうか」
と可愛らしく聞いてみると、
交番のおじさん、地図を書いてくれた。
まずは左へ行き、途中の階段を、
赤い東海道線の鉄橋目指してひたすら下れ、とのこと。
教えられたルートで行くと10分もしないうちに到着。
丸い石がごろごろする海岸を歩いて、波打ち際まで来た。
熱を持った石の上に腰を下ろし、
途中で買ったペットボトルのお茶を飲みながら、
海を眺める。
人がほとんどいないせいか、波の音が大きい。
白く泡立つ波が石を転がして、遊んでいるかのようだ。
1時間くらいぼんやりしていると、だんだん満潮になってきたのか、
わたしの足元まで海水が追っかけてくるようになった。
少し上に避難してまた眺める。
こんなに長い時間海を眺めたことはなかったのだが、
こうやって海の変化を間近で見ていると、
海、そして地球がまさに生き物で、呼吸をしているんだということが分かる。
波打つ海面は、地球が酸素を吸って、吐いている一連の動きを
間接的に表しているように思える。
波の原理は、主には風によって生まれるという科学的な根拠は知っていても、
今、眺めているこのうねりは、科学だけで説明するには惜しいと思った。
八百万の神ではないが、昔の人間が荒れる海を沈めるために祈ったという行為、
そして海坊主の伝説などが生まれた理由が分かるような気がする。
科学的思考がなかったから生まれた思想というわけではなく、
まさに、科学では説明しきれない大きなエネルギーを海が持っていると感じたから、
発祥したことなのではないだろうか。
そんなことを考えつつ、夕暮れが近づいて人もいなくなり始めたので、
静かに引き上げた。
途中、同じ年代くらいの男女組に海の方向を尋ねられて、
交番のおじさんと同じように、
「赤い鉄橋を目指して下っていってください」と説明した。
彼らも海辺でぼんやりと二人で眺めるのかどうかは知らないが、
言葉では説明しきれない巨大な事象を、共有できるのは良いなと思った。
何かに行き詰ったらまたここに来よう。
そう思いながら、戸塚までの帰り道は眠った。