人間は動物である。
発達した大脳を持ち、知的な高等生活ができるが、
基本は動物である。
人間には、本能がある。
その本能は、理性や思考によって押さえつけられているか、
それとも、隠されているかどちらかである。
ときどき感じる、自分の中の本能的な直感に従って生きようとすると、
大きな力で引き戻される。
でもその力には、もう負けない。
ことばは、人間の大脳が作り出した産物で、
それは昔誰かが言った言葉の使いまわしで、
その言葉の定義は誰かの思考の受け売りにすぎなくて・・・
わたしが吐き、書き出すことばは、
結局、「わたし」という器から出た、誰かのことば。
わたしは、自分のことばが欲しい。
誰かを打ちのめしてしまうくらいの、強いことばが、欲しい。
それを探すために、わたしは誰かが作ったことばを使い、
自分の口と手にかけて叩いて、切って、埋めていく。
今は、そのことばの旅路。
引っ越して14年目になる、わたしの地元、戸塚。
東口にあった丸井が、
戸塚モディという名前のショッピング&アミューズメント施設となった今年3月。
新しいものが生まれた後には、古いものの最期が待ち受けていた。
もう十年くらい前から進められていた、戸塚西口商店街の再開発プロジェクト。
行政は、何年もかけてようやく、更地にする前段階までこぎつけた。
6月1日から、仮設店舗ビルがオープンし、現状の建物は全て解体、
そして、ビルや地域の施設を建てていく。
商店街で長く商売をやってきた人たちの反対に遭い、
頓挫しかけていたと思っていたら、実は水面下では着々と進んでいたらしい
今年に入ってから、閉店や長期休業、移転を伝える張り紙が
店舗のシャッターに貼られるようになり、
今まで見慣れていた看板が取り外され、建物はなくなっていった
私はこの商店街に特別に愛着があったわけでもないけれど、
でも見慣れた風景が違うものに変わっていく過程をみて、
何も感じずにはいられなかった。
今日は、きっともう見納めだと思って、
夜、通行人しかいなくなった商店街を歩き回った
誰もいなくなったパチンコ店の建物を眺めると、
かつてうるさく流れていた古臭い歌謡曲と、玉がぶつかる音が蘇った
鉄格子には、新店舗建設の大きなポスターが貼られていた。
「ねこ」という小さな看板をかかげていた狭いお店の古い木戸の入り口が
ベニヤ板でふさがれているのを見て、
どれくらいの人がこの小さな扉を開け閉めしたんだろうと考えた
黄色いサルの看板がトレードマークだったカレー屋が、店を畳む張り紙をしている
手書きの、小さな張り紙だった。
「負債が大きくならないうちに店を畳むつもり」と言っていた、
小さな果物屋さんのシャッターには、仮設店舗への移転を示す張り紙
仮設店舗には、その果物屋さんの看板が取り付けられていて、
シャッターの開く日を待っている。
もう土だけになってしまった跡地を見て、
ここにかつて何があったのか思い出せない自分を歯がゆく思う。
学生時代はほぼ毎日通ってはぶらぶらしていて、
とくに当てもなく、そこで商売をする人を観察していた
その人たちの声も、もう聴こえない
一日中流れていた古めかしい商店街の案内アナウンスも、もう聞こえない
ふと見渡すと、ありとあらゆる場所に貼られた、
「6月1日通行止め」の黄色いポスターが見える。
普段、何気なく見ていた風景から、
そこに生きていた人間の姿や声、匂いや音が次第次第に消えていく。
本当に、一日一日、なくなっていく様子は、なんだか辛い。
5年くらい前、祖父母の住む沼津でも再開発が行われ、
やはり同じようなことが起こったが、
お盆休みからお正月の間に、一斉撤去が行われていた関係で、
一挙に廃墟となった感があり、ショックだったことを覚えている。
でも、戸塚のように目の当たりにするのも、なんだか寂しい。
とはいえ、再開発に反対しているわけではない。
再開発によって、ハッピーになる人となれない人の両方を見てきているから、
どこの土地でも同じことが起こってしまうことに疑問を覚えている
そして、やるからには中途半端なものにしてくれるなと言いたい。
わたしはただじっと黙って指をくわえて見ていることしか出来ないけれど、
こうやって目に焼き付けたり、記録に残しておくことで、
そこに生きていた人たちと街についていつまでも記憶していたいと思う。
5月31日、わたしは早朝に、この町並みの最期を撮影したいと思っています。
仕事が厳しそうだったら前倒しする。
それだけ、長く住んだこの街に、愛着を感じていることのしるしとして、残すために。
誰かに心の内を話すとき
それは、その相手を信じていなければできない
人を信じられないときは
誰にもなにも言わず、たった一人の殻の中に閉じ込めて
ただ心の嵐が通り過ぎるのを待つか
嵐ごと自分ごといなくなってしまうか
元々、どこか人間不信の自分にとって、
選択肢は常にそのどちらかだった
でも、今日、生きている中で初めて、「消える」という選択肢を外した
「待つ」という選択肢も外した
自分の中の波の音を一生懸命聴いて、
それがなんなのか自分なりに考えた
そして相手のことを信じて、伝えた
ここまで至るのに、何年何ヶ月かかったか、わからない
いつから自分の気持ちに嘘をついて一人で解決したつもりになるようになったのか、
それもよく分からない
ずっと昔、人を信じられなくなるような凄まじい世界にいたからなのか、
そういう世界では自分のことを明かすと裏切られると確信してしまったからなのか
結局のところ、最終的に自分しか自分を信じられる者はいないのだと
そんな歪んだ考えを持って生きるようになった
ある時、どんなに裏切られても、酷い仕打ちを受けても、
人のことを信じようとする人に出会った
わたしはその人が、どうしてそんなに他人のことを信じられるのか、
時々不思議に思った
その後、一生懸命わたしのことを信じてくれる人に出会った
浮き沈みが激しくて手のかかるわたしを、ちゃんと見てくれる人は初めてだった
今日、この二人に共通するものはなんだろう、とぼんやり考えていたら、
さっき閃いた
月並みな表現ではあるが、それは「人類愛」のような気がしてならない
これは、ベートーベンの第九のテーマだ
この言い方が正しいかどうかは分からないが、
後者の人はベートーベンの第九のようなスケールの大きさがあるんだなぁと
今、勝手に位置づけている
そうに違いない
そう思えたことで、わたしの中の毒々しいものが少しずつ浄化されていっているのを
今、肌で感じる。
そして、もう一人「人類愛」の人と呼べる人の本を再び手に取り、
その人が過去も現在も受け入れ、未来を目指していることをもう一度確認しながら、
わたしは眠ろう
毎晩、ぐっすり眠るその傍らにある、
心理セラピー的な本
そして、オノ・ヨーコ著「ただの私(あたし)」
5月。
日曜日の午後、イセザキ町のスターバックスで遅い昼食。
天気は晴れ。
日陰に吹く涼しい風に誘われて、テラス席に座った。
コンクリートからの照り返しが、熱い。
暑い・・・
目の前の幹線道路を走る車が、
スローモーションで動いているかのように見える、
そんな頭の思考回路がストップしてしまいそうな暑さの中、
あえて頼んだミネラルウォーターを、喉を鳴らしながら飲む。
「あんた、変わってんね」
わたしの右隣から声が聴こえた。
赤いスポーツウェアを着た中年のおやじが、にやっと笑っていた。
「え?」
唐突な突っ込みに返す言葉は見つからず、
とりあえず、わたしは自分のテーブルの上と持ち物、
そして服装をもう一度確認してみる。
「別に変わったところ、なさそうですけど?」
「コーヒーが売りの店でミネラルウォーターをラッパ飲みするかよ」
「あぁ、そういうことですか・・・まぁ、確かに。
でも、甘いもの飲んだら余計に喉が渇きそうだから」
「ま、俺もホットコーヒーなんだけどね」
おやじは、開いていた文庫本をテーブルに投げるように置くと、
左手でマグカップを持ち上げて、ちびちびとコーヒーを飲んだ。
文庫本は比較的厚く、重い音がした。
わたしは自分のカバンの中から、やはり文庫本を取り出して両手で広げる。
タイトルは『ホワイト・マリー』
この横浜、イセザキに5年ほど前まで実際にいたある娼婦のことを題材とした
手記である。
戦後、進駐軍が降り立った時、
自らの身体を商売道具に生き延びるしかなかった日本人女性が沢山いた。
その中の一人である彼女は、マリーと名乗り、周りの同業者が娼婦を辞めてもなお、
高齢になるまで仕事を続け、最近、亡くなった。
そして、彼女と何らかの関わりがあった幾人かの市民たちが、
かつての横浜の象徴的存在でもあった彼女の、
その生き様について取材を始めたのが、この本が書かれるに至った経緯である。
ホワイト・マリー
この名は、全身に白い衣装を纏い、肌という肌をおしろいで覆っていた、
彼女の風貌から、付けられた。
わたしは、彼女のことを直接は知らない。
小さいころ、すれ違ったことはあるけれど、
何も知らなかったわたしは幽霊だと思った。
彼女はすれ違いざま、にぃっと笑った。
このイセザキ町を親と歩いていたときのことだった。
全てを知っている親は、黙って無視。
それがわたしには、「親には見えていないのだ」と思わせてしまった。
怖かった。
だから、一瞬にして頭の中の記憶から消してしまった。
十数年が経ち、ふと立ち寄った書店で、
白装束の奇妙な老婆が表紙になった本を見つけた。
どこかで見たような気がした。
それが、遠い昔に見かけた、ホワイト・マリーその人について書かれた
この本だったのである。
そういえば、見かけた日はちょうどこの時期だったような気がする。
白い服と白いおしろいで、腰を曲げて歩いていた。
さぞかし暑かったに違いない。
かつて彼女が歩いていた場所には、
今わたしがいるスターバックスやインターネットカフェが立ち並び、
かつて堂々たる構えを見せていた老舗デパートや喫茶店の姿は、ない。
(中・下につづく)
今日、タイトルのように思わないととやってられないような仕事をした。
現状、未だ続行中。
会社を辞めた人が残していった負の遺産の尻拭いのような仕事。
はっきり言って、わたしには知ったこっちゃない。
その人がきちんと契約書を交わしていなかったおかげで、
こっちはまったく知らない人から怒られるわ、ひたすら謝罪の電話をかけまくるわ、
他の仕事は進まないわで大混乱。
終いには、裁判沙汰にもつれ込みそうな勢いになってきて、
手に負えないから上に泣きついてみた。
「ふざけんなよ」って言いたかった。
辞めるのは勝手だけど、辞めるなら他人への迷惑は最小限にしてくれよ。
業務にしわ寄せがくるっていうのは仕方ないと思うけど、
手前がいい加減にやってた仕事の一番重要な箇所を全く引き継がないまま、
電話には出ないし、知らないふりするし、
逃げたらもう自分には責任はないとでも言うのか??
たった一人が言葉を曖昧にしたせいで、
会社全体が、そういういい加減なところだと思われる。
世間的な評判だって、悪くなる。
無責任すぎる発言をして自分の責任逃れをしようとする人がいるけれど、
わたしはそんな人が許せなくて仕方がない。
自分の発言に責任がかからないような言い回しをわざとして、
結局他人の責任に摩り替えようとしている人も許せない。
周りは大迷惑だから。
大めーわくだから。。。。。
責任取るべき人は、今どこを旅しているんでしょうね。
ミミズを100匹くらい、頭からどっさりかけてやりたい。
って、その前にミミズ100匹取りに行くのも嫌ですが。
ふぅ。
水曜日、会社を休みました。
火曜日の夜から、心臓のあたりがありえないほど痛かった。
締め付けられるような痛さで、呼吸ができなかった。
動悸がして、気分が悪かった。
夜、暗い部屋の中で、
「あぁ、朝になってこのまま死んじゃってたらどうしよう」
と朦朧と考えながら、意識を失った。
翌朝、無事に朝日を見られた時の感動はなかった。
「あ、自分は生きてたんだ。よかった」と大げさだけど思った。
生きてることが嬉しかった。
でもやっぱり消えていなかった、動悸と痛み。
これはやはりおかしいと思い、近くの病院へ行った。
心電図をとって、お医者の話を聞くと、
「心臓には問題ない。これは肋間神経痛というやつだ」と言われた。
ろっかんしんけいつう・・・
それって、、、おばあちゃんがよく痛がってるやつじゃないのか??
fre9おばあちゃん疑惑・・・これはやばいぞ。
と思ったら、そうでもなく、若い人にも多いらしい。
人によってはナイフで刺されたような痛みだとか、
ゾウに踏みつけられたような痛みだとか、いろんな表現の痛みがある。
その話を親友にしたら、
親友のおばあちゃんはそれで呼吸が止まって死にかけたという。
そこで自分のやばさが分かりました。
おばあちゃんの口癖どころの話じゃなかったわけです。
神経痛(あるいは心臓神経症)というのは、あなどれない病だったのです。
2年間有効期間だという緊急時の痛み止めをもらって、即効帰宅。
ちなみに、女性ホルモンが多く出ているうちは、
心臓疾患は先天性以外ほとんど発生しないんだそうですよ。
男は女性ホルモンないから若くても疾患はあるんだとか。
女性ホルモンばんざいです。
診察室で、医者は、
「あなたのように不規則すぎる生活をして、
食べるものも食べないで、寝もしないで、疲労とストレスが溜まっていると、
こうなるわけですよ」というようなことを言った。
そして、
「徹夜は禁止!寝ろ!」と言われた。
ごもっともでした。
好きで徹夜してたわけじゃないんだが、
好きで3時、4時まで仕事してたわけじゃないんだが、
ドクターストップとなるとこれは今のままのステータスを維持するわけには
全くいきませんね。
食べ物、食べられないわけじゃなかったんだが、
こうやって食事すらとらせてもらえないような状況が続くとなると、
もうあきらめていいと思った。
何度も交渉したし、業務改善も訴えたけど、
それでも「個人の自由」で済ませられてしまうんだったら仕方ないですよね。
「個人の自由」なんて言葉、良い言葉に聞こえるけれど、
実は無責任極まりない使われ方をしている。
特にこの日本では。
個人主義という言葉を自己都合に合わせて解釈しているような、この日本では。
たぶん、今のわたしは、
現状の自分の生活そのものがストレスになっている状態だと思うので、
今の生活の中心にあるものを無理やりにでもどかしてしまわなければ、
この動悸と痛みは消えていかないわけです。
確かにそうだ。
家のことも、自分のことも、全て自分と関わっている事柄に対して、
今非常なストレスを感じている。
昨日の夜、痛みがだいぶひいた自分の身体を撫でてあげながら、
「かわいそうに、疲れきっちゃってたんだね・・・」と
初めて自分に労わりの言葉をかけてあげたら、
哀しさなのか、悔しさなのか、泣けてきてしばらく涙が止まらなかった。
今まで自分はタフなほうだと思っていたけれど、
ついに、限界が見えた気がしました。
でも、悔しくなんかありません。
心臓が痛いと思い込んで不安だった夜、
わたしは心の底から、「死にたくない」と思いました。
取り越し苦労だったけれど、あれは自分の身体の悲鳴だったのです。
健康の有難さは、失わないと分かりません。
本気で、健康を取り戻しにかかります。
金曜日、BankArtにて行われた
アーティスト イン スタジオ ウェルカムパーティーに参加してきました。
パーティーっていうか、顔合わせの会という感じだった。
5月〜6月入居者が多い中、7月以降というのはわりと少数派。
さらに、10月予定の人もいることが分かり、色んな諸事情もあって、
入居を9月〜10月にしていただく交渉をいましています。
その理由は後ほど。
さて、このパーティー、わたし自身、色んなアーティストと知り合えると思って
それなりに楽しむ意識を持って臨んだのだが、
実は肩身が狭いというか、居場所がないというか、、、
そんなむずがゆい気持ちを肌の端っこで感じつつ、その場にいました。
自己紹介したけれど、自分のあまりの社会人トークが目立って、辟易した。
こういう場所でしゃべるの苦手だった人なのに、
営業トークしてた。。。。。プチ自己嫌悪
それはなぜか。
ずっと考えて分かったことだけど、
わたしには彼らと語り合う言語をちゃんと持っていなかったからだということに
ようやく気がついた。
それはアートへの知識が云々ということではない(それも少しありそうだが)
制作に際してのアプローチがそもそも違うのだ。
会社帰りに寄ったので、黒スーツに黒カバン、黒い革靴、黒シャツ(これはたまたま)
といういでたちだったから、誰だこいつ、と思われたことだろう。
なんか空間の中で浮いているように思いながら、
「まず、どんな人がいるのか徹底的に人間観察して、ポートフォリオを見よう」
と、資料をかじりつくように読み込んでいた。
そして思った。
「なんだかよう分からん」
頭にぜんぜん入ってこなくて、自分の理解力が足らないのかも・・・と哀しくなった。
だが、それはそもそもそう考えているのが間違いだと思った。
彼らは自分の言葉でぶちまけているのであって、
仕事で必要とされるロジカルシンキングとやらに則って書いているわけがない。
そういう人もいたのだけれど、やはり大半は、
自分が何者か、文句あるかよ、ということをとことん詰め込んでいるのだ。
そう思ってからは、
「そうかそうか、この人はそういう人なんだな」と思い、
遠めから行動の観察をして楽しんでいた(きもいな。。。)
これは大学時代わたしがやりたかった、セルフ・コンポジションと同じ原理である。
自分の資料と読み比べると、
自分でいうのもなんだが、わたしの資料は考え方をよくまとめてある。
だが、あまり強烈さはない。
感覚的なところまで至っていない。
資料を描くにあたって、わたしは、
いかにロジカルに説明するか、ということしか考えていなかった。
企画書だからそういうもんかな、と思っていた。
確かに、企画書はロジカルに描くときも必要だし、
ビジネスの世界ではそれが普通だ。
でも、今回の場合、ロジカルではない書き方のほうが、「勝ちだ」と思った。
わたしはロジカルに語る言語は習得していても、
感覚的に語る言語の習得がまだまだなんだ。
そしてそれは並行して進めている文学の方でも同じことなんだ。
なんか、悔しかった。
別に、ロジカルだからいけないわけじゃないし、
ロジカルな文章だからこそ、多くの事象を分かりやすく、「伝える」ことができる。
わたしの良いところはそれがきちんとできるところだと思う。
でも、「伝えられないこと」を「伝えられないなりに伝えようとしてみる」試みを、
果たして自分はしてきたか。
全て説明すりゃ分かると思っていなかったか。
言葉の力を乱用して、テーマ自体の複雑性を単純化していなかったか。
これは、わたしが3月にぶつかってしまった、
あの大きな壁の本質だったんじゃないか。
まさか、アートの分野でそのことに気がつくとは思わなかった。
昔書いた作品を思い浮かべてみる。
あの時、めちゃくちゃだったけれど面白く書けていたのは、
それの片鱗があったからだ。
今、それは膨大な文字量に対して低い比率でしか存在していない。
あぁそうか、次に乗り越えるべき壁はここかもしれない。
3月にぶちあたったあの壁は、構成のせいもあったけれど、
ここにあったのかもしれない。
そこで考えたこと。
今回の展示企画は、そもそも言葉メインにはしていなかったのだが、
言葉の力は借りるだけに留めて、頼ることはしません。
いかに、「死」を感じさせるかの追求に徹します。
だから、分かりやすいメディアなど使わない。
伝えるために映像使おうと思ったけれど、これはやめようと思います。
あまりにも安直すぎる。
今月末にかけて、わたしは演出を練ります。
今回、これに徹することで、創作における自分の変化を期待しています。
目の前がなんとなく明るくなってきたような気がする。
だから、、、
自分の誕生日に入居してみよう、っていうロマンチックな希望を出していたところを、
9月で交渉中。
スタジオにとっても、7、8月は展示企画があって立て込んでるから
そのほうが都合が良いとのこと。
今度、正式にまたご挨拶に伺います。
よし、がんばるぞ!!!
Borat(ボラット)とは、
イギリス人のコメディアン、サーシャ・バロン・コーエンが演じるキャラクターで、
自称カザフスタン人ジャーナリストとして、数々のありえない振る舞いで騒動を起こす
人物のことである。
詳しくは以下参照。
なんと、そのボラトが、Freddieを演じるという情報が流れている!
実はFreddie Mercuryの伝記映画が製作されることになったというのだが、
そのFreddieの役を、このボラトを演じているコメディアンに
「ほぼ決定!」みたいなニュースが流れたのだ。
びびった。
それまで、ジョニー・デップが有力視されていただけに。
わたしはジョニデ好きなので、
「おぉ、ジョニデがフレディか。
ちょっと美化されすぎてる気がしないでもないが、
俳優として好きだからいいんじゃないかね。。」と思っていたところだった。
が、この俳優のことも、わたしは尊敬している。
というのも、この人がいかに、Pretendすることにこだわっているか、
をわたしは知っているからだ。
ボラトの映画は、昨年、調度ロンドンに行った時に上映されていた。
レイトショーだったので見られなかったが、
雑誌などの評価で、このボラトなる人物が
もの凄い勢いで突き進んでいることを知ったのだ。
youtubeに上がっている動画を見て、
「この人はプロだ・・・」と感じた。
プロとしてこだわりがなければ、
こんな変な訛りのある英語をわざとしゃべることはできない。
自分がPretenderであることを自覚し、
Pretendする際の徹底した姿勢があるからこそ、
このボラトという人物は生きた人物として成り立っているのだ。
しかも、チカチカする怪しげなHPまで作って徹底している。
URLはあえて書かないが。。。(すごい写真が載っかってるもので・・・)
Freddie Mercuryという人物は、
キャラクターだったとは言わないが、歌手として、Pretenderとして、
徹底的にそれに徹していた。
ひょっとしたら、このコーエンという俳優がFreddieをPretendしたとしたら、
すごいことになるんじゃないか。
直感でわたしは感じた。
髭が似てるからとかじゃなく、生き方として、そう思った。
まぁ、本当にこの人になるかどうかは知らないのだが、
ちゃんとFreddieを「演じ」られる俳優を選んでもらわないと、
こっちは納得しませんよと。
でも、、、
やっぱり初期クイーンのころのフレディと、
後期クイーンのフレディ、両方のイメージを持つ人はなかなかいないな。。。
コーエンが髪伸ばしてボヘミアン・ラプソディ歌ったとしても、
Love of my lifeをしっとり歌ったとしても、
やっぱり、あの繊細そうなフレディにはならない。
ま、要するに、本人に代わる人はいないということだ。
誰が演るのか、気になるところです。
追記:ボラトは、カザフスタン人というよりも、アラブ人に見えるとわたしは思う。
と思っていたら、コーエンの母親はペルシャ系ユダヤ人とのこと。
そういえば、フレディもペルシャ系だった!どうりで・・・笑
ついに、日本でも味つきのVolvicが発売になりました!
http://www.volvic.co.jp/fk/index.html
美味しいんです、これが。
去年ロンドンで街歩きをしていたとき、コンビニ(らしきもの)で買ったんでした。
ピーチ味とライム味。
当時、日本では未発売でした。
珍しかったので、それぞれお土産に日本に買ってきたのでした。
GW中に、早速発売直後のレモン味を買ったわたし。
今回登場したレモン味は、あの時のライム味をちょっとマイルドにした感じでした。
ライム味は香りがちょっときついと感じる人もいるだろうな、
と去年飲んだ時思っていたので、
日本のVolvicラバーにとっては調度良い味なのではないでしょうか。
ちなみにわたしのお勧めはピーチ味です。
ほのかな甘い香りが良い。
甘すぎず、薄すぎず。
ウォーキングで疲れた頭と身体に効きました。
今回のレモン味もおいしかったけど、やっぱりピーチのほうがわたしは好きです。
早くピーチも登場しないかな。。。
昨年末、とある決定が下されたとのこと。
わたしの大好きな洋服メーカーH&M、ついに日本進出です。
っていうニュースを今見たところだった。
今まで日本に店舗がなかったのです。
買う手段は、海外に行くか、ネット。
ネットだと、楽天やYahooショッピングくらいで売ってるのですが、
いつもかわいいのは売り切れなのです。
日本の第一号店は原宿にオープン。
来年の秋目途だそうです。
待てない・・・
待てなくて今年秋にもしロンドンに行くことになったら、
また買いこんできそうです。
あぁ、でも嬉しいなぁ。
マドリードで出会い、ロンドンで探し回ったH&M。
わたしの好みに合う服がここにはあるのです。
特定の洋服メーカーを持たないわたしが、唯一、お気に入りにしているメーカーが、
H&Mです。
早く来てくれ・・・H&M。
なんか、書かずにはおれなかったので、書いておこうかなと。
http://www.ringerhut.jp/menu/cm/index.html
リンガーハットの新しいCMが登場しました。
クイーン「We are the Champions」を文字って、
「We are the CHAM-PON!」と歌うこのCM。
初めて見たときは、衝撃的すぎて、言葉が出なかった。
「・・・・・・・・・・・・・な、、、今なんと言った??」と思ったらCM終わってた。
クイーンファン(フレディ崇拝者)としては、
一言、言わんといかんかな。と。。
笑えます・・・参った。。。
こういうパロディものに関しては、
クイーンに限らず他の楽曲に関しても口うるさいわたしですが、
これはもうぶっとび過ぎて笑ってしまったので、よしとする(←なんと偉そうな物言・・・)
というか、わたしも実は昔から思っていた。
Championsって、カタカナで聞くと
「チャンピョーン(速いとチャンポョーン)」って聴こえるですよ。
悔しいけど認めるですよ。
それをあえてこうやって形にしちゃったこのCM、すごいですよ。
だけど、父がわたしをからかうようにこのCMの替え歌を歌ってるのは、
許せない。。。(むかつく)
他のクイーンファンの方はどう思っていらっしゃるんでしょうかね。
ちなみに、このCMの広告代理店は某H社で、
クリエイティブディレクターは知ってる人だった。。。
って、リンガーハットのWebに書いてあるからここで書いても大丈夫ですよね。
制作チームは、わざわざイギリスまで飛んで、
歌詞をパロってもいいか許諾を取りに行ったそうですよ。
あの方がそこまで熱意を持ってこの替え歌にしたというなら、
許しちゃいますわ(わたしの分際で言えることじゃないですが 笑)
あぁ、きっとこれを観て育った子供は、
We are the Championsの本家を実際に聞いたときに、
「これってチャンポンの歌じゃん!」って思うんだろうね。
わたしの場合は、ベートーベンの6番、通称「田園」を音楽の授業で聴いたとき、
「マーボー豆腐の歌ってベートーベンが作ったんだ!」って思ってました。
(今夜はマーボが食べたいな♪今夜はマーボにしよーかなー♪)ってありましたね。。
確か、永谷園かクックドゥーのマーボ豆腐ルーの宣伝。
ごめんね、ベートーベン。
あなたのことはクラシックの作曲家の中で一番尊敬してますが、
6番はやっぱ、マーボの歌っす。。。
でも、フレディ、、、
わたしにとっては、We are the Championsは永遠に、我が勝負曲です。
もしもわたしに子供が生まれたら、ちゃんと言っときます。
この曲はチャンポンの歌じゃないからね、と。
と、一応書いてみる。
まぁ、公言していることですが、もしわたしのお腹の中に子供ができたら、
胎教は間違いなくクイーンとベートーベンになりますので。
ほんとに大丈夫なのかな。。。
っていう一抹の不安。
いやぁ、びっくり。。。
2007年度BankARTスタジオプログラム
企画書送ってみたら、採択されちゃいました。
前に某トリエンナーレの市民アーティスト募集で出した企画書で、
残念ながら採用されなかった企画書を、若干修正して再挑戦したのです。
再挑戦、してみるものですね。。
でも、まだもう少し練る必要のある部分はあると思ってて、
詰めようとは思っています。
毎回思うのだが、
アートと文学の創作の両立、
最近アートの方の成績(?)が良いのがとても気になる。。
文学の方ももちっとがんばりたいっす。
5月はマジでがんばりますけどね。いろいろと。
わたくし、再び、アーティストfre9として横浜にて、活動いたします。
アーティストfre9、今度は布を使って作品創ります。
みなとみらい近くのスタジオを間借りして展示(創作?)できるのです。
スバラシイ・・・
プロジェクト型なので、多くの協力者の物品提供が必要となっております。
みなさま、破けてしまった布(布団でも、シーツでも、雑巾でも、服でも、、、)
ご提供いただけたら嬉しいです。
感動して泣いちゃいます。
取りに伺います。
今年初めての朗報なので、とっても嬉しいです。
スタジオインは7月末希望(しかもわたしの誕生日!)してますが、
今調整中だとのこと。
さて、仕事どうするかな。。。(苦笑)
両立しないとだな。。。
というか、早くお返事しないとだ。
ちょっと今はびっくりしてるので、明日ゆっくり考えます。
でも、チャンスは絶対生かしたいからがんばる。
オープニングパーティーには、会社早退してでも行こうと思っております。。
あ、モチベーションが150%上がった!
感情のコントロールができる機械があったなら、
今すぐわたしに取り付けてください。
と、いうほどの不安定感。
情けは人のためならず、ならぬ、怒りは人のためならず。
他人への怒りは、自分への苛立ちの裏返しだということに、
ふと気がつく夜の公園。
滑り台が雨に濡れて、足元の土はカサの先っぽに凹んで、
しとしとと降る雨はわたしの髪と肩を物も言わずに冷やしていく。
自らの震えで気がつく、辺りの寒さと、
自らの嗚咽で気がつく、辺りの静けさ。
わたしを取り囲む木々は大粒の涙を流して、笑う。
枯れ木を打つ小雨は、囁くように濡らしていくと、跡形もなく消えてしまって、
もう二度とこちらを振り向いてはくれない。
「今の自分」を受け入れて、
「ちょっと未来の自分」の責任を全て背負って、
「将来の自分」の幻想を現実にしていくのだ。
強引に進めてみれば、突破口は開ける時だってある。
素直になりたい。25時。
わたしが、この世で一番嫌いなものは、ムカデです。
他人から女帝キャラと言われるこのわたしが、
地球上で一番嫌いな輩は、ムカデです。
大嫌いです。
ムカデにも生活があるんだよ、って諭されても知りません。
知るか、そんなの。
あいつだけは許せません。
あいつの被害に遭うこと23年。
もう我慢なりません。地球からいなくなってほしいっす。。。
世間一般的に一番嫌われてるあのゴキブリより嫌いです。
ああああああああああああああああ・・・・・ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ
おい、お前、人の布団に入ってくんな!
おい、お前、人が風呂入ってる間にずうずうしく侵入してくんな!
おい、お前、人が身体洗ってる時にわたしの足を這ってちろちろ登ってくんな!
おい、お前、人の靴の中で勝手に寝るな!
君がわたしのことを好きだとしても、
わたしはお前のことは大嫌いなんじゃぁっ!!!
気安く近寄るな、この足もじゃ野郎!
って言っても、、、
招かれざる客は今夜もわたしのところへ忍んでくるわけで。。。
っていうか、あいつのやってることは確実にストーカーだとしか思えない。
わたしが君に何をした!?言えるものなら言ってみろ。
どうにかしてくれーーーーーー
もう、、、足がいっぱいあるアレ、いやです・・・(涙)