■2006年に成し遂げたこと。
・とりあえず仕事をがんばる(とりあえず、わたしはがんばった、、、はず)
さまざまな人に迷惑と心配をかけつつ、今年1年がんばれました。
友達と家族の大切さをしみじみ感じました。
でも、心配していた(心配されていた?)職場の人との人間関係構築は、
上手にできたんじゃないかと思います。
良い人たちに恵まれてよかった。
これは、わたしの強烈な運勢なんでしょうね。
出会う人の運はとても良いのです。
まぁ、、、たぶん、不思議ちゃんというか、Freddie狂少女というか、
孫キャラ(最近はブラック孫キャラ?)っていうか、、、
そんなイメージをもたれているに違いないのですが、
それはあえて否定はしない!
・作品創作
今年の量産はすごかった。ほぼ毎月出した。
きちんとした作品としては、8本書きました。
仕事で死ぬ死ぬ言っておいて、こっちでも死にそうになっていたのは後日談ですが、
夜中の睡眠時間削って書いていて、翌朝仕事に支障をきたすようなことは
なかったと思う。
そこは根性で眠気を吹っ飛ばしていた感じです。
なによりこの分野において自分に「ご苦労だったね」と言ってあげたいことは、
文章構築力が上がったことだと思う。
自分で読んでいても、3月の時点より格段に違うことが分かる。
本格的に書き始めて、他の作家の文章も読みつつ、
自分なりの書き方を模索した今年だったが、
少しずつでも成果が出てきている気がする。
7月に出した力を振り絞った作品で、あるレベルの評価をいただけたことが、
今年一番のご褒美。
あとは、お小遣い程度ではあったけど、
過去のエッセイでザ・印税がもらえたことが嬉しかった。
あれはわたしの今年の夏のボーナスでした。
・オーケストラ公演出演
社会人になっても趣味は捨てん!という堅い意思のもと、
出演しました。
憎き急性胃腸炎のおかげで第九は出演できず、
結局1回しか出られなかったのですが。。。
でも、おじさまおばさまたちはわたしの復帰を喜んでくれて、
わたしは第二の居場所を持てることが嬉しかった。
彼らはわたしに言いました。
「仕事も大切だけど、こういうことで息抜きをするのも大切だよ」
まったくです。
息抜きができる余裕をこれからも持ちたい。
それは、結局自分次第なんだなと思った、2006年冬。
・Freddie巡礼の旅
もうあえて書かなくてもいいかと思いましたけど、書きました。
今年はこれが達成できて、死ぬほど嬉しかったです。
Freddieへの想いをあらたに、わたしはあの地から出発した気持ちでいます。
次にロンドン・ガーデンロッジに行く時には、わたしは自分の夢を成し遂げて、
晴れやかにあのドアの前に立ちたいと思っています。
やはり、彼はわたしの人生において重要なターニングポイントを示してくれます。
その時に、いつも黙って”考えるヒント”を与えてくれるような気がする。
これからがんばるにあたり、わたしは彼に関連する何がしかのものたちと一緒に、
闘おうと思います。
まぁ、要するに、これからもFreddie崇拝者だということです。
以上。
・ジョンレノンスーパーライブ
長年行きたいと思っていた、ライブに行きました。
「ヨーコさん!」と叫びました。
エンディングのHappy Marry Christmasと、Imagineは忘れません。
・友達との再会と、"Keep in touch with them"
” ”の部分、なんと書けばいいのか分からんのですが。
これまでほぼ毎日会っていた友達と、ほぼ毎日会えなくなったわけで、
大親友は隣の県に行ってしまって不規則な生活を送り、
わたしもあまり時間もない状態が続きました。
近くに住んでいる友達とも連絡が取れない状況も続きました。
遠くに住んでいる友達、第二の家族たちとも、一時期音信不通になりました。
恩師にも連絡すらできていませんでした。
でも、ここで関係がストップしてしまうのはもったいないし、絶対嫌でした。
レスポンスが遅くなってしまっても、きちんと連絡しようと思い直し、
夏〜冬にかけて、再度連絡を取り合って、お互いの状況を確認してきました。
やっと、大学のころのような状態にまで戻して、
クリスマスには、お互いにギフトを贈り、手紙を書き、
わたしは自分の写真を久しぶりに入れました。
日本にいる友達とは、電話で夜に話しています。
昨日も、一昨日も、積もる話をしました。
似た環境で生きてきたわたしたちは、実は同じような悩みを持っていたことが分かって、
なんだか安心できました。
離れていたって、彼らはわたしの大切な友達であり家族です。
これからも、ずっと、Keep in touchしていきたい。
今のところの小さな夢(というか計画)は、
バンクーバーオリンピックの年にカナダへ行き、
両親とトロントの家族を対面させてあげたいということです。
それまでに、簡単な英会話を両親に教えないといかん、という話でもあるのですが。
大丈夫。
挨拶しかできなくたって、うまくやっていけます。
・警戒心をなくすこと
これは今でもそうなんですが。
ときどき自分の殻に閉じこもる癖があるので、
常にオープンに、いろいろなアンテナを張って、
いろいろな電波を発していたいなと思っています。
もともと人見知りはしない人ではあるのですが、
ある程度話すんだけど、それ以上踏み込ませない線を持っていたりします。
で、その警戒心をなくしてみた。
その結果、とあるおじさんから人生を教えてもらいました。
メリーさんの伝記映画を通して、横浜の姿を知りました。
東電OL殺人事件の本を通して、”人が生きること”について考えさせてもらいました。
警戒心をなくしすぎてちと大変なこともあったけれど、
自分の世界の狭さを、全てを通して学びました。
そんな精神で、ロンドンに行き、たくさんの出会いを経験して、
わたしの中の引き出しがまたさらに増えた気がする。
そして、そんな視点で会社で働く人々を眺めていると、
人間が一人一人本当に違うことをひしひしと感じる。
今はそんな生活がおもしろい。
バランスを見つつだけど、人に限らず物においても、
いや、とにかくあらゆる出会いに貪欲に、生きるのは楽しいと知った今年でした。
・ナウィンさんと再会+越後妻有トリエンナーレ
この夏、大スランプに陥っていたわたしでしたが、
ナウィンさんのさりげない一言で、目が覚めたというか、
思い知らされたというか、励まされました。
滞在時間は短かったけれど、両親を強引に説得してよかったなと思える旅でした。
このほかにもかなり沢山の人生経験を積んだ1年でした。
全部を書ききることはできないので、凝縮してみました。
ここから分かることは、
今年は決して、全てにおいてHappyだったわけではない年だったなということです。
まぁそんなもんなのかもしれませんが。
でもところどころで、幸せを感じる時はあって、
幸せを感じさせてくれた人には感謝をしています。
だから総括すると、「どちらかというとHappyだったのかなぁ」というのが1年の感想。
こういう感想を持っている理由というのは、
自分自身の適応力のためだったり、自分自身の未熟さのせいだったり、
他にも色々な原因はあるんだろうけれど、
今、少なくとも思っていることは、
「来年は、絶対に羽ばたこう」ということです。
仕事面でも、創作面でも、ありとあらゆるところで。
「2007年のために、2006年の様々な辛さがあったんだ」
と後々思えるようにするために、
わたしは今年一年を振り返り、来年への決意を固めました。
明日、一年の抱負を書いて、それを有言実行することを誓いたいと思います。
(やばい、こんなこと書いたら、なんも言い訳できないじゃん・・・ぎぇぇ)
最後に、今年出会った人、今年わたしを支えてくれた人、全ての人に、
感謝したいと思います。
おわり。
30日、ひたすら大掃除をする。
時間にして10時間ぶっ通し。
それでも片付かないわたしの部屋ってなんなんでしょう。。。
モノにあふれかえっていることに気づき、ばしばし捨てていく。
ゴミ袋がすぐにいっぱいになる。
大学3、4年のニ年間と今年一年間、合計三年間の”物”があったんだからね。
そりゃ当然だ。
なぜか出てきた高校の時の記録も、就活の書類も、
そして自分の作品で使った材料や資料も、
全部含めて、過去のものたちを未練なく”破棄”したら、
なんだかすっきりしました。
新しい年を迎える気分がやってきた気がします。
書類関係は全部破って、切って粉々にしました。
病んでるというわけではなくて、
そうしたかった。
今年1年わたしの中に溜まっていたヘドロのようなものを
これらの紙と一緒になくしてしまいたかったのです。
今日は疲労困憊しているところで親となぜか喧嘩をし、
謎に半狂乱になっていたこともあって、余計にそうしたかったのです。
人間、時には思い切り叫ぶ時があっていい。
わたしは誰もいない山に登って、一人、大声で叫んでみたい。
具体的なことを叫ぶのじゃなく、抽象的な、”音声”としての叫びをしたい。
それはまるで発情期の猫のような、哀しく激しい叫び。
こういう声の中に、その人の本質が隠れていると、わたしは思います。
自分がこだわっていたものたちをほぼ全て葬って、
わたしはようやく気力を1%ぐらい、取り戻すことができました。
明日は30%くらい、取り戻せるかな。
そうしたら、書きます。
毎年恒例の、「行く年来る年fre9版」
来年への抱負には面白いことが書けそうです。
2週間の間、わたしが考えたこと、を書く。
28日は納会がありました。
なんとなくまったりした雰囲気で、わたしは社内でお世話になった人々に、
あいさつ回りをしました。
その後、元上司+先輩と飲みました。
元上司は、しんみりと日本酒を飲みながらわたしにあることを言いました。
わたしが心の奥底で実は思っていることを、見事に言い当てた言葉でした。
ショックでした。
今まで悟られないようにしてきたけれど、見る人が見れば、分かるんだ。
きっと、元上司もそういう過程を経て今に至っているから、
わたしの気持ちが分かるんだ。
分かってしまうんだ。
泣きたくなりました。
よく分からない罪悪感を感じました。
まったくもって原因不明の心の痛みを感じました。
「いつでも決めるのは自分だ」という言葉を言い聞かせ、
自分は何をしたいのか、と、今何ができるのか、を
いつも考えてきた。
一応の結論は出したつもり。
そしてその方向性に対する不安と闘おうとしていることも事実。
わたしは今月に入ってから、ずっと不安で仕方がなくて、
時折感じる明らかな迷いに対し、必死で言い聞かせる自分を、嫌った。
だから、仕事の山場を迎えたと同時に、一切を断ち切って何も考えないようにした。
でも、、、時間は待ってくれない。
Freddie的に言えば、Time waits for nobody(曲名)という。
これと同じアルバムに入っている、In my defenceという曲の1フレーズに、
I'm just a singer with a song.
という部分がある。
わたしは、究極的にこういう見地に立ちたいと思う。
それは一体どの分野なのか、それは未だ分からないところで、
挑戦すべきは挑戦すべきだし、闘うべきは闘うべきと思う。
頭では分かっているのに、どうしても一歩が踏み出せなくて、
それがもどかしくてたまらなかった。
ある日、とある人が、そんなわたしの背中をそっと押してくれた。
今日、再びそのことを考えた。
わたしが抱えていた不安は、すなわち、自分への不安だったのだ、と気づいた。
心身が壊れるくらいの生活が続いたこの1年分の疲労が、今週わたしを襲い、
今日は、休みに入った安堵感からか、疲れきって動けなかった。
こんなことでは、この先何をやっても自分は崩壊してしまうんではないか。
と、ふと思った。
これがわたしが思っていたことの本音だった。
元上司は、しばらく間をおいてから、
「この先、ここでの体験は役に立ちそうか」と、ぽつりとわたしに聞いた。
「立つと思う」と答えたら、
「そんな優等生な答え方はしなくていいんだよ」と言われてしまった。
別に、繕ったわけではなく、本当にわたしはそう思っていた。
ありえない!と思うことも、苦しいことも、あきれることも、いろいろあったし、
楽しいときも、感激することも、いろいろあった。
それらを全部飲み込んでみたら、
到底、無駄だったとは思えない、貴重な体験をしたと思っている。
少なくとも、こう言っちゃ悪いけれど、
他の会社にいるどんな新卒の人より、
わたしは多くの綺麗で汚いものを見て、感じて、考えて、走って、
そして、泣いて、怒って、笑ったと思っている。
それは元上司のおかげだったし、出会った人全ての人たちのおかげだと思う。
だからこそ、自分がいい加減な気持ちでいることが許せなかったし、
それをちゃんと見てる人が身近にいたことにびっくりした。
そして、悔しくて自分の内面を改めようと思った。
たぶん、元上司はあまり考えずにわたしに言ったんだと思うけれど、
昨日のわたしには重すぎて、
もし二人で飲んでいたとしたらわたしは泣き崩れたんじゃないかと思う。
昨日、あの会話をしたとき、
わたしの中で張り詰めていた糸が、
一気にぐちゃぐちゃになりながら切れて落ちていったような気がした。
いろいろと反抗的なわたしを、何だかんだ言って動かしてくれたのは、
元上司に他ならなくて、
「わたしが今年感謝する人ベスト10」のトップクラスに上ると思う。
きっとこれからいろいろ相談をしていくと思う。
その時には、わたしは一本の筋を通せるくらいになっていたい。
つまり、それまでは誰にも言わないで、一人で考えたい。
考えたことを一番最初に話す人は決まっている。
決めたことを一番最初に話す人も決まっている。
年明けから真剣に走るために、
年末はのんびりぼんやりしておこうと思う。
そんなことを思った、納会後の夜道の思考。
2週間の間、わたしがやっていたこと、を書く。
1.仕事(無事、自分担当業務に関しては納品したが・・・っていう・・・)
2.クリスマスギフト梱包→英文レター→カナダとドイツに発送(届いたかな。。。)
3.掃除
4.プチ山登り
5.親友と長電話
6.第九は出られなかった
7.病は克服
etc...etc...
長らく黙っていましたが、やっと復旧しました。
ブログツールのMovableTypeをアップデートしようと思ったら、
大失敗しました。
超ショック。。。
夜中に復旧をがんばりましたが、なぜか無理でした。
諦めて元の古いバージョンに戻しました。
なぜ、、、なぜ、、、
わたしと同じサーバでMT3.3を動かしている人はいるというのに、
なぜ、、、わたしのサーバでは出来ないの。
わたしが悪いのか??(←たぶんそう)
精進します。
Bathと書いて、バースと読みます。
バースとは・・・
ローマ時代(あるいはそれ以前)に作られた温泉の町。
そのため、お風呂=Bathの語源となった。
ローマ帝国が撤退して破壊活動が行われた後、
修道院が建てられたり、教会が建てられたり
なんと、アルフレッド王が区画整理もしたらしい。
そうやって修復されて、世界遺産となりました。
この写真は、バースの旧市街。
屋根の上に注目です。
煙突のちっちゃいのが4,5個並んでいるように見えます。
これは、何を隠そう煙突です。
昔はここから石炭をもやした煙がボンボン出ていました。
が、、、
そのおかげで子供たちが肺がんになって死んでしまったため、
ふさいだそうです。
ロンドンの古いアパートの屋根の上には、こういう煙突跡がたくさんあり、
さらに、家の床下部分にあった、石炭貯蔵庫跡を見ることもできます。
産業革命の裏にある、生活と歴史の何ページ分なんだろうな、これは。
写真下部分に、ドアが3つ。
写真上部分には、窓が並んでいますが、
それぞれのドアの上にある窓の形やデザインが違います。
これは、わざと、こうしてあるんだそうです。
表札という観念がなかった時代、人々は、窓の形で自分の家を見分けていたから、
窓の形、配置は隣近所とは違うものにしていた、とのこと。
すごいロマンがあると思ったのはわたしだけ??
なんか、下駄の音で、父親が帰ってきたかどうかを聞き分ける的な情緒があると思いませんか。
(↑ちょっと意味合いが違うと自分でも思うけど)
ヨーロッパのアパートは、みんな同じデザインで、
コピペして増築しているようなものかと思っていたのですが、
実は違った、ということを知って、ツボにはまってしまったです。
ロンドンではきっととてつもないアホに出会えるかもしれない、という期待もしていたのですが、
ついに出てくれました。
一応、ふんどしのようなものはしています、この人。
裸同然で一生懸命演説してました。
そしてこのあと、とんでもなく痛そうなことをしでかしました、この人。
とてもレディの口からは言えない(っていうか、ちょっと書きたくない)ので、
ちょっとだけ。。。
○○にろうそくを____、V字バランスをやり、観客から拍手喝さいを受けた。
書いてても、超痛そう・・・やっぱ、アホだ。
さて、気を取り直して、バースの街の風景に戻ります。
バース中心街の教会です。
ちゃんと教会を見てみると、本当に十字架の形となっている。
神様が上から分かるようにという無言のメッセージ。
この奥に源泉があります。
やっぱり、硫黄の匂いがしました。
温泉卵はさすがにありませんでした。
その代わり石鹸はいっぱい売ってたな。変わったのがたくさんありました。
あとは、香りつきろうそくと、温泉を飲むコップ(なんて言うんだっけか忘れた)が
お土産屋さんの売れ筋っぽかった。
何を撮ったのかというと、禁止マークを撮りました。
ロンドン有数の観光地であるバースには、多国籍の観光客が実に多いので、
英語での案内はしてあるけれど、こういう絵による案内も充実している気がしました。
ちなみに、わたしが行った観光地には大抵音声ガイドが充実していました。
英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語、
それから、
日本語、韓国語、中国語(北京語だけだったかな)
もっとあるところもあった。
このツアーにはガイドさんがいたけれど、ガイドというよりか、案内人で、
観光場所に着いたら、音声ガイドを取ってきてみんなに配り、
「○○時△△分にここ集合ネ」
と言って、ふらふらしている。
しかも、このガイドさん、
見るからにイギリス人なのに日本語が日本人よりも流暢なおっちゃん。
訳を聞いてみると、
日本には二度来たことがあって、一回目は大学時代に遊びに来ただけ、
二回目は証券会社の日本支店でりサーチャーとして、2年働いた経験があるとのこと。
だから日本の経済事情についてやたら詳しかったのか。。。
(バスの中では、英語で話し、たまに日本語で日本人向けに解説してくれるんです。
ロンドンの現地ツアーではこういう日が一週間のうち何日かあるらしいです。
日本人の英語力が高くないためっぽい。。。すいません。。。
で、このおっちゃんは、やたら日本の政治経済について語っていたので、
この人、何者だろう?と思っていた、というわけなんです)
「証券会社辞めてどうしてツアーガイドになったの?」と聞くと、
「証券会社の仕事つまんなかった」とさらっと言われ、
「ぼくはこういう仕事の方が合ってるから今は楽しい」とにっこり微笑まれました。
時折ジョークも交えてユーモアあふれる人柄だから、
きっと忙しく仕事をしているんでしょうね。
話は戻ります。
マイペースで見たいわたしにとっては、このツアー形式は実に好都合でした。
連れていってくれた後は放任してくれるっていうペースが好き。
音声ガイドも、全部きかないで興味のあるところしか聴かなかった。
とても印象に残ったのは、
温泉なのに、なぜ、このような神殿のような建物が建てられているのか、という推論の部分。
まずは、写真からご紹介。
神話の中の神々の像が見えるはずです。
このように、温泉には神が宿ると信じられていたのです。
考えてみれば、地面から熱いお湯が湧き出てくるということは、
神秘以外の何物でもなくて、
これが神様のなす業と考えなくてなんと考える、というレベルの出来事に相違ないのです。
日本の温泉でも、神という字が名前に入っていたり、
神話のエピソードにまつわる字や言葉が名前に入っていたりするように、
科学的根拠が分からない時代には、温泉が湧き出る事象というのは、
神がかり事象であって、神聖なことと考えられていたのです。
粛々とした説明の後に、そういや日本もそうだな、と思った時の驚きといったらなかったです。
古代の人々は、皆一様に、
訳の分からないことは、神の仕業と考えるしかなかった。
そうやって現実世界への不安を取り払い、神を恐れた。
訳の分からないことが出来てしまう神を恐れ、信じることで、
現実世界の摩訶不思議な出来事を直視することは避けた。
そう考えると、初めて「科学」を始めた人って偉大だと思います。
なぜなら、彼は初めて神の存在を否定し、現実と向き合った人間に他ならないからです。
神の業じゃなくて、きっと何か理由があるはず、
と思ったその好奇心が、人間の大きな一歩になったと思います。
これは、パイプです。
ただ溝を掘ってお湯を流すんじゃなくて、筒の中を通しているというのがすごい。
硫黄分が含まれていてもちゃんと使えるようにきっと改良したんだろうとも思います。
お風呂です。
ここであっただろう裸の付き合いの中で、
一体どんな会話をしていたのかなぁと考えていたんだけれど、
おそらく今と大して変わらない類の話をしていたんじゃないかなぁと思っています。
「あら、あんた結構○あるわね」みたいな←某温泉での謎の人物Xの言葉
「最近、○○出てきちゃってさぁ、困ってんのよねぇ」みたいな←某温泉での謎の人物Yの言葉
「この頃、あいつがさぁ・・・(以下略)」みたいな←某温泉での謎の人物Zの言葉
※温泉って、明記はしてないけれど精神的な病にも効能があるに違いない、
という結論に、夏ごろ、某おじさんと至りました。
Cornish Pastyの店。です。
イギリス コーンウォール地方(たぶんここらへん)の名物である、
チキンパイを売っています。
すっごい大きいミートパイです。
このパスティというミートパイですが、由来があるらしくて、
もともと石炭採掘場で働く人のお昼として親しまれていたそうです。
手も真っ黒、服も真っ黒じゃ、綺麗なレストランのような場所でお昼を取るわけにもいきません。
そこで、手軽に食べられるお昼ごはんとして、ミートパイ形式のファストフードが開発され、
それが、このコーニッシュ・パスティだったそうです。
ボリュームがすごくて、日本のミスドに売っているミートパイの
3倍は量があると思います。たぶん。
250円くらいでお腹めいっぱいになりました。
これを食べながら、しばし、バースの街をうろうろ歩きました。
イギリスっぽい音が聴こえると思ったら、いました、バグパイプ奏者のおじさん。
「気球屋」さん?
気球に乗らんかね、と言っている人が、アピールするために、
5〜10分おきに、炎を出しまくってました。
ファイヤーの瞬間は、「ブワァァッァ」というけっこうすごい音がしました。
海外に行くと大抵一人は見かける、こういう人。
コドモのおちょくりに必死に耐えてました。
そして、足元のサインに注目。
あえて日本語に意訳してみます。
・もしぼくのパフォーマンスを気に入ってくれたら、200円入れてネ
・もしぼくのパフォーマンスをとっても気に入ってくれたなら、400円ちょうだい♪
・もしぼくのパフォーマンスをサイテーと思うなら、1000円入れて逝っちゃいな
行間読んでみました。最後の50ポンドの項目に気づいた時、超笑えた。
薔薇一本、「500万!」といつもふっかけてくる、
路上で花売ってるおじさん並に、いいセンスだと思いました。
ここに書かれてたURL行ってみたら、意外に超充実させてる。
Flashまで使って凝ってます。
http://www.thesilverman.co.uk/
というところでバスの集合時間が迫ってきたため、集合場所まで戻り始めました。
まだパスティ食べ終わってなかったので、
さきほどの裸一貫な芸人を眺めつつ、広場のベンチで食す。
バースには、紅茶屋さんや、洋服店、
そして、マークス&スペンサーもありました。
そこでクリスマスセールをやっていて、
紅茶やショートブレッドの超特大の箱が大量に売られていたので、
いろんな方面へのお土産用に大量に買いました。
ショートブレッドが意外と重たいことをこの時初めて知りました。
観光地且つ、人々の居住地である(しかもお金持ちの保養地も兼ねる)バースは、
観光化されてはいるけれど、
生活感がありました。
この辺で言うと、鎌倉の御成通りに雰囲気が近い感じがしました。
目覚ましの音で、むっくり起き上がったわたし。
この日は遺跡めぐりの日です。
バース、ストーンヘンジに行く日です。
ささっと朝食を食べて、地下鉄の駅へ。
さて、ここでしばし、ロンドン地下鉄の駅をご紹介します。
駅名はこんな感じの看板に書かれています。
この駐車禁止マークを微妙に傾けた感じのマークが特徴です。
駅構内の様子。
階段が線路の真上を通っている。
よく考えるとこの階段ちょっと危ない。
線路飛び込み自殺っていうのがあまりない国なんでしょうか。
早朝の駅に地下鉄が入ってきました。
ロンドンの地下鉄の駅では、乗降の際に、必ず流れるアナウンスがあります。
それは、
「Mind the GAP!」
というもの。
要するにプラットフォームと電車の間の溝に気をつけろってことですが、
無駄に良い声をしているおやじの声でこれをゆ〜ったりと連呼されるわけです。
たまに笑えます。
というわけで、、、
いざ、出発!!
ウェストブロンプトン駅から2,3駅走った駅の構内に、
巨大な絵があります。
ムラカミタカシ風のイラスト。
その作者のポスターが貼ってありました。
英文を解読してみると、
ロンドンの地下鉄会社は、駅構内をアートの展示スペースにして、
若いアーティストを支援しているのだとか。
確かに、ここの駅だけなんだか違う世界に入ったような感覚がして、
(ディズニーランドの、It's a small worldで、違う世界の部屋?に入った時の感覚に近い。
視覚と触覚で空気が違うことを感じるあの瞬間の感覚。)
毎朝目が覚まされた感じがしたなぁと、しばし考える。
Victoria駅の集合場所まで行くと、日本人がけっこういる。
わりといい雰囲気の二人がいて、話しかけられたので話してみると、
男性はビジネスで、女性はボランティアでロンドンに来ている人たちなのだと言う。
自分たちは友人同士だとあまりに言い張るので、あまり触れずにそっとしておいた。
(こういうときありますね。別に彼氏/彼女だと勘違いされてもいいや、と思っているけれど、
相手がそれでどう思うか分からないからとりあえず否定しておく的な。
彼らが本当はどうだったのか知らないのですが、こういうときの言動がきっかけで
それから以後の関係に微妙に影響がある時もあるから、
男女間の最初の友情?って難しいなぁと思ったわけなんです
まぁ、ここを乗り越えると楽しい脱恋愛生活が待っているのだ。うん。←意味不明)
わたしは女性の方の話に結構興味を持ちました。
福祉施設でボランティアをしているけれど、日本では特に福祉のことを勉強していなかったのだと言う。
ボランティアに行く前にはさすがに勉強したが、そのまま飛んできた感じらしい。
なぜ、海外で福祉なのかはよく分からなかったが、
わたしが強く感じたのは、
きっとそれまでの生活とは違うものに思い切り飛び込んでみたかったんじゃないかな、ということ。
そういうタイプの人だったと思う。
あれこれ考えすぎる性質がまだ抜けないわたしとしては、
うらやましいし、それでこの人はハッピーにやっていそうな姿を見せられると、
やはり、ハッピーにしようと思えばできるんだということを改めて自分の中で確認した瞬間となった。
現状を変えるのも、環境を変えるのも、大きな決断だし大きな努力が必要だが、
自分の決断を、後になって後悔しないために、
後々、あの時決断してよかったと思えるようにするために、
つまり、自分も周囲の人間もハッピーでいられるようにするために、
決断以後の自分の努力がどれだけ真摯なものであるかが重要なのだと思う。
その人は、(自分より年上で失礼極まりないのを覚悟で言うが)
行く前まではあまり考えてなかったと思う。
ただ、興味があってやってみたかった、という感じがした。
というのも、なぜ海外でボランティアなのかの理由がその時でも不明確だったし、
それで何をしたいというのもあまりない様子だったからだ。
少ししか話してないからこういう風に行ってしまうのは失礼だけれど。
でも、それを見つけるための努力は今ものすごくしているような気がして、
それは、事前に目的を持って海外に出るより、相当負荷はかかっていると思う。
それでも、それを当然のように楽しくやっている様子に、わたしは元気付けられた気がする。
社会に目的を持って出ない方が良かったんじゃないかとさえ思っていた時があったわたしとしては、
やはり、目的を持つことは必要だし、
目的・目標・夢は常に自問自答することも必要だし、
それで自分がしなければならないことを必死にやる重要性も、
全てひっくるめて確認できた。
それから、やはり自分が興味あること、好きなことをしている充足感は、
内面から外面に出るんだなと思った。
これは、とても重要な再確認で、後々のわたしにとって大きな意味を持つこととなった。
「健康」に勝る財産はないんだなと思いました。
気力は復活しているのに、体力がまったく回復しません。
今日、足がもつれたりしてちゃんと歩けないし。
2日断食しただけでこうなるとは、、、という感じです。
「父と母よ、娘はもう何も食べたくありません(ぐったり)」
というわたしに、
「何でもいいから食べさせろ!」
ということで買ってき(てもらっ)た、わたしの大好物のプリンが冷蔵庫にあっても、
わたしは食べる気になってないのです。。。
否。
食べたい気はあるんだが、食べられん。。。
まじ哀しい・・・
今わたしの目の前にある、とうがらしせんべいと、バウムクーヘン、
それからアイリッシュウイスキーのボトル、ベイリーズのボトル・・・
(どういう部屋なんだよ、、、という突っ込みはここでは受けない)
食べたい、飲みたいという気は十分すぎるほどあるんだが、
食べた後、飲んだ後、どうなるかを頭の中でシミュレーションしてしまうと、
もう食べられない。
今週は、忘年会続きですが、思い切り飲めそうにありませんな。
悔しい。。。
一番悔しいのは、明日予定されていた第九演奏会出演の話が
このためにおジャンになってしまったことで、
第九を聴いてもらいたいなぁと思っていた人を呼んでいたのに、
わたしが出られなくなってしまった。
落ち着いてバイオリンを弾ける健康状態にないというのと、
一日二回公演という強行スケジュールに
耐えられる体力がもはや残ってないという状況が理由。
団長に謝りながら事情を話し、了解してもらいました。
直前で、しかも今回は人手が少なかったから、余計に心苦しい。
楽しみにしてくれていた人たちにも、申し訳ないと思って、凹み気味でした。
で、わたしが胃痛にもだえながら電話していたためなのか、
はたまた団長が風邪でぼんやりしていたためなのか、
団長は、「急性胃腸炎」を、「急性腸炎」と聴き間違えたらしく、
オーケストラ内に、
fre9重病説が流れているっぽくて、
お見舞いメールが来た・・・
重病っていうか・・・
急病だ。。。
ここでわざわざ訂正メール送るのも複雑面倒な感じだったので、
しばらくそういうことにしておくかな、、、と思い、放置。
今日は、卵焼きと、ご飯とゆかりふりかけが食べられるようになりました。
キャベツをひとつまみと、トマトを一片、一緒に食べた。
あ、あとそれから鶏のひき肉を少しかじって食べた(生じゃないよ)
あとは、マロングラッセをかじった。
あ、それと、パンケーキにマーガリンを少しぬって蜂蜜をかけたものを、かじった。
みかんを30分かけて一個食べた。
昨日は、うどん以外のものは食べられませんでした。
それに比べたら、大きな進歩ですね。
・・・
っていう、完全なる病人のわたし。
人って、2日間まともに胃袋を使ってないとこうなるんだなぁと、
自分の身をもって知りました。
ふぅ。やれやれ。
原因が不明なのですが。。。
先週の激務&精神的に追い詰められる事態のせいなのか、
それとも今週水曜昼に食べたタイフードのおかげなのか、
まったく分からないのですが、
水曜午後から突如として襲ってきたとてつもない吐き気と腹痛により、
身動きが取れなくなってしまい、ついに病院へ運ばれる。。。
急性胃腸炎と診断される。(ごーん、ぽくぽくぽく・・・)
医者に、
「これって、今はやりのノロウイルスってやつですか??」と聞くも、
「あなたの場合は症状軽いから違うでしょう」と言われ、
とりあえず胃腸が弱っているところに刺激物か悪いものを食べたために、
発症したという判断が下され、
昨日はとりあえず自宅作業、
今日はふらつきつつ出社して、
溜まってしまった仕事を2日分8時間で終わらせて、帰宅。
完全にお休みできない事情があるっていうのは、
こういうとき、泣けてくるものです。。。
症状軽いとは言われてもつらいことには変わりなく、
未だに続くもやもや感と腹痛、そして新たに出てきた胃痛は、
いつわたしの身体の内部から消えていくのやら。。。
なーんてことをしていたら、
親と友人に
「こらぁっ」
っと、怒られてしまいました。。。
はい。。。
自分の身体は大切にしないといかんですね。
こんなの記録している場合じゃないので、寝ます。
あーぁ、自分の体力の限界がここまでかと思うと、
悔しくてたまらない。。
と同時に、こんな生活してちゃいけないとも思う。
そんな、師走の出来事。
さて、1日アート・デイも終わり、これからショッピングだぜ!!と意気揚々。
大英博物館からすぐのショッピングストリート、オックスフォード・ストリートにやってきました。
もうロンドンはクリスマスイルミネーションで夜も明るいです。
まぁここから、わたしのお土産購入戦が始まるわけなのですが、
それは翌日ストーンヘンジに行くのもあり、お土産はこの夜にそろえるしかないだろうと思ったからなのです。
しかも、翌日は日曜日なので店が閉まる時間もおそらく早い。
土曜日ならまだなんとかなるはずです。
大英博物館近くのスカーフ屋さんで、
カシミヤのマフラーを母に買い、
「パパは、イギリスっぽいベストが欲しいなぁ」とつぶやいたfre9父のために、
(要するにチェックの柄のベストを買って来いと言うことなんだな)と判断したわたしは、
紳士服の店を手当たり次第に探索。
なかなか良いのがない。
かといって、自分のためにもちょっと洋服を買いたい思いもあり、
かといって、友人、職場(+得意先も)へのお土産も何にしようか悩み中、と言う状況だったので、
考えながら歩く。
このオックスフォード・ストリートは日本で言えば渋谷〜代官山くらいかなと思います。
安いお店も、高いお店も、普通のお店もある。
メカ系のお店や、洋服、雑貨、デパート、スーパー、ゲームセンター、CDショップetc
とにかく何でもある。
この道からちょっと入るとSOHOで、
そこは伊勢佐木町〜関内、もしくは新宿歌舞伎町近く的な雰囲気。
要するに、ちょっと猥雑な感じ。だけど、すごい活気があって勢いのあるエリア。
SOHOを突き抜けて左方面(東側)は、
南青山〜原宿にあるお店の系統と近いエリア。コヴェント・ガーデン。
「マイ・フェア・レディ」のイライザが花を売ってヒギンズ教授とであった場所。
オックスフォード・ストリートをまっすぐ行くと、
銀座のみゆき通りのような、ブランド街。ボンド・ストリート。
ここに、サザビーズなどオークション会場があります。
サザビーズはオークション参加者を装って普通に入れるらしかったので、
今回行けなかったのがとっても悔しい。
一度、大金をはたいて競り落とす人の表情を見てみたいものです。
オックスフォード・サーカス駅まで来て、
わたしの両手には見事に物品がつまった袋が下がっていました。
こんなにお買い物したの、久しぶりですよ。。。
いや、違う。。。
買った物の数自体は少ないんだけど、カサが大きくて重いものが多いんだ。
お菓子の箱とか、石鹸とか紅茶の箱とか・・・
本とか・・・
最後、閉店間際のH&Mでお買い物が出来たのがせめてもの慰めでした。
今日は1日がんばったね、わたし。
ここで父へのお土産に出来そうなベストを発見し、
わたしも良いセーターを買うことができました。
1日中歩いて、
目いっぱい美術品を見て、
目いっぱい歩いてお世話になっている人へのお土産を必死に探して、ゲットして、
最後は自分へのご褒美ですね。
まだ日本に進出していないH&Mで絶対何か買って帰りたいと思っていたから、
買えて本当によかったよかった。
ここでご満悦の表情のわたし。
たまたま見つけた近くのネットカフェに入って、
メールを打ったり、ブログに書きなぐったりしてみる。
超楽しい気分でした。
この日はやりたいことをめいっぱい気ままにできた日でした。
そんな上々の気分でホテルの最寄り駅まで地下鉄に乗りました。
駅から出ると、目の前にあるアリーナが騒がしい。
何かあったのかな、と思って見ると、こんな様子でした。
ジョージ・マイケルのコンサートが行われていたんです。
あのジョージ・マイケルが近くにいるのか!!すごい話です。
手前でびかびか光っているのは、警備員さんの夜間用の防護服。
フラッシュに反応してしまったようです。
どこの国でも、大物歌手のコンサートでは人だかりができるし
騒然となるし、警備員が出動するしで大変なんだなと思いました。
追っかけも当然いるし。
ただ面白かったのは、アールズコート駅で、
「ジョージ・マイケルのコンサートに来た人は、この駅の○○出口から出てください!」
と駅員さんがアナウンスを入れていたことです。
このホールは、わたしの最寄り駅ウェスト・ブロンプトンの一つ手前の駅である、
アールズコート駅からのほうが近いのですね。
駅員さん、親切だなぁと思いました。
こうして、11月25日は心地よい疲労感を、熱めのシャワーで解消して、
終わっていったのでした。
オックスフォード・ストリートを歩いて左に曲がるはずが、
どうも入る場所を間違えたらしく、また道に迷う。
大きい建物が見えているからそれが大英博物館に間違いないのだけど、
入り口が見つからん!!
というわけで、道行くおばさまに恥ずかしながら聴きました。
「あの、、、大英博物館に入りたいんですけど入り口どこですか??」
「あら、すぐそこにあるわよ」
と指された場所は、
どう見てもガイドブックで見た、ギリシャ建築のような入り口じゃないものでした。
でも、そうだって言うんだから信じるしかないか。
入ってみたら、やっぱり大英博物館でした。
それがこの写真。
この閑散とした人の少なさはなんなんでしょう。
まぁ、後ほどわたしが裏口から入ったということが発覚するわけなんですが。
外から見てもとてつもなく巨大なことが分かる建物だったので、
フロアガイドをもらわなきゃ、と手にとって去ろうとしたら、スタッフに止められました。
ん?と思ってパンフに目をやると、そこには「2£」の字が・・・
「もしかして、これは買わないといけないってやつですか??」
「イェス」
と深く深く頷かれました。
でも入館料ナシだし、ないと困るので、買うか、と思い、買いました。
わりと役立ったかな。
次はクロークです。
(お土産も少しずつ買っていて)あまりに重い荷物だったので、
預けないと死ぬと思いました。
それが、クロークがどこもいっぱいで別棟に行って探したりと大変だった。
ちなみに、荷物1つにつき、1ポンドです。
大英博物館は、世界からの収集物を広く公開するかわりに、
維持、管理する責任もあるわけなので、
こういうところで少しでも費用をまかなおうとしています。
国から援助は出ているんだろうけれど、やっぱり大変なんでしょうね。
後ほど、みんなでこの博物館を守っていこうという精神を
一生懸命アピールしている「あるもの」に出会います。
大英博物館は、無料で入れる上に、写真撮り放題です。
デジカメ持って行ってよかった。充電しておいてよかった。
一つ一つをじっくり見て、面白いものや気に入ったものをここに載せていきます。
クローク探し中に出会った、モアイ。
もっと巨大なものかと思っていたけれど、これは小さめのものなんでしょうか。
頭がクロークのことでいっぱいだったので説明読まなかったのが悔やまれる・・・
エジプトエリアの入り口。よくテレビで写る場所です。
クロークからすぐのところにあります。
全部見尽くせないことは覚悟していたので、
最低限、このエジプトとギリシャ・ローマは見て帰ろうとこの時決意しました。
ミニ スフィンクス
ロゼッタ・ストーン
通路のど真ん中のガラスケースに入っています。
人だかりが出来ているのですぐに分かります。
意外な大きさでした。(巨大なものかと思っていたらそうでもなかった)
ファラオらしいファラオ
ラムセス2世です。
石の棺。
触ってみたら、ひやりと冷たい。
ひんやり、じゃなくて、ひやり。
色も重々しく、死者が入るものなのだというオーラが強かった。
これも墓の一部。
蓋のない長方形の箱をイメージしてください。
深さは、意外と深いです。
何が哀しいって、この箱のなかにゴミが捨てられていたことですね。
ロゼッタストーンその2
こちらはそんなに有名じゃない、というか、取り上げられないものです。
これ、「2001年宇宙の旅」の中に出てくる、謎の黒い塔(というか板?)に似てると思ったの、わたしだけですかな。。
石室の中の再現部屋。
ちょっと分かりにくいのですが。
王家の墓の中にある石室に施された装飾を、
実寸で再現しようとしたもののようです。
これだけの奥行の石室に、戦いや神、人間の人生に関する全てのことが、
絵物語として語られている。
スペインのメスキータで見たキリスト教のレリーフもすごかったけれど、
これはメスキータよりはるか昔の古代に作られているわけで、
ところどころの欠損は致し方ないとしても、
当時の死後の世界と死者に対する意識のレベルの高さには、感嘆します。
で、これが戦いの絵。
たぶん、この石室の中で唯一くらい、完全に残っているものです。
これは、2階に上がる階段の踊り場や壁に飾ってあるモザイクです。
みんな目もくれないでミイラ部屋に一目散なのですが、
このモザイクは本当に緻密に作られていて、
一つの部屋に入れてほしいと思ったぐらいでした。
踊り場じゃもったいない!!
カラフルな死者の書(たぶん)
ほんとに、身体は正面向いてて手足と顔が横向きなんですね。
中学の時にならった、美術の教科書のとおりだった。
当時使われていた、つぼ。(食器類)
このあたりから、わたしのメモリにはやたら壺類の写真ばっかり残っています。
なぜって、当時の人がどんな食器使ってたかということに、
なんとなく興味がそそられる人だからです。
やってきました。ミイラ部屋。
ここは異常なほどの人口密度でした。
やっぱり、みんなのお目当ては、ミイラ。
わたしも、ミイラは見たかった。
だけど、見すぎた。もう、しばらく見たくないな。ミイラ・・・
所狭しと並ぶガラスケースの中に、ぼこぼこあるんです。
ほらあそこにも、ミイラミイラミイラ・・・
包帯ぐるぐる巻きのミイラ
包帯取れてしまった骸骨状のミイラ
王家じゃない、一般人のミイラ(正確にはミイラ化した遺体)
猫や魚のミイラ
などなどが、ずらずらずらずらずら・・・
並べりゃいいってもんじゃないだろう、という突っ込み。
ちなみに手前左の黄金の棺は、有名なヘヌトメヒトの棺です。
ラムセス親子の木像です。
かなりぼろぼろです。
涙を流しているように見える棺。
なんだか心惹かれる棺だったので、撮りました。
他の棺に比べてとてもカラフル。そして芸が細かい。
もちろん、この中にはミイラが入ってます。
たくさんのミイラがあったわけですが、
立たせて展示してて大丈夫なのかな、、、と思ったのは地震国日本出身の人間だからか??
さしあたって、支えるものなどもない状態で置かれてるので、
地震がきたら一発でガラスケースが割れて、ミイラが散乱しますよ、このお部屋。
それを想像すると、おそろしや・・・
まぁ、イギリスは地震がなさすぎて、
「地震ってどんなものかわかんないから、自分たちで地震を起こしてみよう!」
とかいって、
「数千人でいっせいにジャンプをしたら地震は起こるのか!?」
という実験をしたぐらいの国ですし。。。(この発想、好きです)
あまり深く地震については考えてないでしょうね。
この部屋には、王家の棺とミイラもたくさんありましたが、
一般人のミイラもあったのです。
これは写真を撮るのははばかられたので撮らなかったのですが、
webにのっけてる人がいたので、勝手にリンクします。
http://www.joyphoto.com/japanese/abroad/2003london/britishmuse02.html
おそらく、死んでしまった体勢のまま、ミイラ化してしまったのだと思いますが、
この体勢がとても苦しそうで、たまらないです。
最後に水が欲しかったのかな、とか
誰も家族がいなくて一人で死んじゃったのかな、とか、ちょっと考える。
王家の人は何千人もの人に墓を作ってもらって、近親者にミイラにしてもらって、
やっと墓に入れる。
それがエキセントリックだから発掘や研究が続けられていて、
今でもその謎を解き明かそうと毎日土に向かう人がいる。
その一方で、
一般庶民はきっとこういう感じで死んでいっていたのだ、ということは
王家の墓に比べたら、取り上げられる機会は少ないと思う。
だから、このミイラが発見され、目にすることができたのは、
非常に重要で価値あることと思いました。
怖かったけど・・・
あとは、イワシのような魚のミイラとか、ネコのミイラ(なんと棺つき!)などなど、
ありとあらゆる生物のミイラがありました。
古代エジプト人の、死体保存に対する興味の持ちようは、すごいです。
さて、気を取り直して、有名なネコちゃんの登場です。
実は耳にピアスをしてたんですね。
わたし、負けました。(←未だにピアスの穴が怖くて開けられない人)
ここから、ギリシャ・ローマです。
これは黒絵の壺ですね。
黒絵、赤絵って美術史でやったなぁ・・・
暗記だけだったけど、こうやって実際に見ると、感動します。
なんだか、コミカルな仕草をしている像だったので、撮りました。
わたしがこれを撮っていたら、隣にいたどこかの国のおじちゃんが、
にっこり微笑んできました。
なんか誤解でもされたんでしょうかね。。。
・・・・・・
大理石でできた椅子です。
元々は他の建造物の一部だったそうです。
ガラスケースに入っているもの以外で、剥き出しで展示されているものは、
基本、触ってOKだったのですが、
これだけは、触ってもいけないし、座ってもいけませんでした。。。なぜ??
当時使われていた宝飾類です。
きらびやかです。ゴージャス・・・!
一番上にあるような、金色のネックレスおよびティアラをつけてみたいなぁ・・・
と小さいころ夢見ていたことを、思い出しました。
そんな、お姫様願望があったかつてのわたし・・・
ローマの庭園には大抵置かれていたという、噴水。
よく見ると、コインが投げ込まれています。
ここはトレビの泉か!?
生贄の儀式に使う道具類。
なんか、生生しいです。
ここから、HSBC提供のお金博物館(訳すとこうなる 笑)
世界各国の貯金箱
ピンクのブタちゃんというのは、なぜ貯金箱のシンボルなのか、
最近それが気になってしかたがありません。。。
お金を作る機械。
誰かが、
「これ、欲しい」って言ってるのが聴こえました。
率直でGreat!と思います。笑
お金計算機。
つまりは、レジ。向こう側に見えるのは天秤。
重さで金額を「量って」いたのかぁ、たしかにそうだよなぁ、と改めて思う。
生まれたころにはカシオ計算機が存在していた世代の人間として、
天秤を見ると、どうしても善悪の裁断という裁判みたいなイメージがあるけど、
そもそもは、これでお金の勘定をしていたんですよね。
そんな実に具体的な使われ方が、
善悪を両天秤にかけるっていう抽象的な使われ方に、
いつごろ変化したんだろうか、と疑問持ちました。
このあたり、面白そうだから、調べてみようかな。
円盤投げ。
これが正面玄関入ってすぐのところにある、大階段の踊り場にあります。
こんな場所に、円盤投げの像があるなんて、
大英博物館、素敵なセンスをありがとう。
THE GREAT COURT
ミュージアムショップや、インフォメーション、カフェがある大英博物館の中心地です。
そのど真ん中にあるこの丸い建物。
これは、図書館です。
The reading roomと言います。
中に入ってみました。
すっごい広い。
見上げてみました。
天井高っ!!
首がひん曲がりそうです。
誰でも使えるスペースと予約しないとダメなスペースがありまして、
勉強している人がたくさんいました。
市立図書館で勉強するより、ここで勉強した方がよっぽど良さそう。
っていうか、日本にこういうのがあったらわたしはここで勉強がしたい!!
無料で使えるのは同じとしても、
カフェはあるしトイレは綺麗だし、本はいっぱいあるし。
気分転換に美術館探索も出来るんですよ。
たとえばミイラとかミイラとかミイラとか。。。
ここに、マルクス・エンゲルスのマルクスの方がいつも座っていたという席があるらしいのですが、
どこだか分かんなかった。。。
大英博物館の探索も終わりに近づきました。
閉館時間が迫ってきたのです。
出口(というか正面玄関から出ようとしてたのですけど)の前に、
こんなものがありました。
大英博物館を維持していくためには、管理費、維持費がかかります。
そのための、寄付を募るボックスです。
これだけのたくさんの文化財を無料で見せてくれた大英博物館に感謝の意を示すために、
わたしは3ポンド寄付してきました。
だって、大英博物館展、日本で観にいったけど、
あの時には観られなかった(というより国外に出せなかった)ものが多くて、
目玉が1つくらいで、1500円の入場料だった記憶があるから、
本当に嬉しかったんです。
ありがとう、大英博物館。
また帰ってきます。今回、全部観られなかったからね。
ここらで大英博物館に関して総括しておきますと、
やはり、建物や収蔵品の配置等には、英国の思い入れが反映されていたと思います。
なにしろ、エジプトエリアは入場者がすぐに見つけやすいところに入り口や矢印があって、
だいたい1番目に入れるような導線が引かれていました。
これは、古代エジプトの収蔵品を目当てに来る人が多いということもあるけれど、
これだけのものを集めたんだぞ、という誇りが感じられるような気がしています。
大英帝国の時代に集めたであろう、古代エジプト、古代ギリシャ・ローマあたりは、
かつての繁栄を誇りに思う感情(「どうだ、すごいだろう?」みたいな)のもと、前面に押し出し、
それが自然とこの博物館の目玉となっていったんじゃないかとさえ思います。
それを、略奪の歴史ととるか、繁栄の歴史ととるかは、人それぞれですが、
少なくとも、この博物館そして国として、
かつての大繁栄時代への誇りには確固たる自信があるように思えました。
かといって、裏口側の目立たない場所にアジア(中国、韓国、日本、東南アジア限定)が置かれていても、
それがアジア蔑視とはわたしは思いません。
確かに正面玄関から入ると裏口の存在なんか知らないだろうし、
そっちの方に収蔵品があることすら知らないで帰る人も多いだろうとは思う。
でも観ている人はちゃんといるし、収蔵品の数自体がやっぱり少ないです。
だから、たとえば結婚式の衣装の差異などの文化紹介を入れて
ボリュームを増やしている。
距離的にも、歴史的にも、大英帝国が足を広げたアジアはインドで限界だったんだろうし、
近代以降の歴史しか知らない国々の収蔵品は手に入れられなかったんだろうなと思います。
だから、アジアエリアでは、各国がそれぞれギャラリーを作って展示していたようです。
観れなかったんだけれど、日本は朝日新聞ギャラリーというのがあって、
日本に関する展示をしている模様です。
次行った時には必ず観てきます。
すいません、今回はミイラを観たかったんです。
あ、いえいえ。ギリシャとローマも、ね。。
正面玄関から外に出ました。
すっかり暗くなっていました。
今回見逃してしまったのは、以下。
Africa
America(North&Mexico)
Asia
Ancient Near Eastのところどころ
Themed gallariesのところどころ
Britain&Europe
とはいえ、EgyptとGreece&Romeが半分近くだったりするので、
5割方は観られた気がする。
何しろ広くて早足だったので、エジプトでもよく観られなかった部分もあるくらい。
ここは最短で3日、じっくり観るなら1週間は必要なくらい、大きいです。
ロンドンの地理感もつかめたことだし、
次にロンドンに行く時には完全フリーの時間を最低5日くらい取って、
ずっとここに入り浸りたいと思いました。
ナショナルギャラリーを満喫したわたしは、
レスタースクエア駅方面へ向かいました。
SOHOエリアです。
SOHOには中華街があることを事前に調査していたので、
今日のお昼は、中華街で麺を食べる!!と決めていました。
トラファルガースクエア周辺の整然とした町並みとは違う、
煩雑なごちゃごちゃしたアジア的風景が見えてきました。
道が複雑に入り組んでどこに行ったらいいのかよく分からない。
それが、SOHO周辺です。
中華街に到着。
なぜか、日本食や、韓国料理の店が立ち並ぶけど、
中華街。
むしろアジア街なんじゃないか・・・
ちと腑に落ちないが、5,6件のお店のメニューを見比べて、このお店に決定。
理由:麺類が豊富だったから
この日、とても寒くって、温かい麺類が食べたかったのです。
早速頼んだ、海鮮タンメン。
なんと!!!
麺が衝撃的に太い!!!
このうどんのような太さはなんなんだ・・・
長い角箸で、つるつる滑らせながらがんばって食べました。
少々塩辛かったけど、まぁよしとする。
一人でゆったりと座って、店内を見渡すと、
日本人観光客のような団体が食べている隣に、中国、韓国の人もいました。
アジア勢が8割くらい。
毎日パン食や洋風の味付けが続くと舌が飽きてくるものです。
わたしはパン好きだけど、外国で目の前にパンとご飯置かれたら、
ご飯取るだろうな。
どこの国にも中華街があって、こうやって自分の国と同じような味が食べられるっていうのは、
アジア人にとっては良いことなのかなと思いました。
とはいえ、あまりロンドンの日本食レストランには入りたいとは思わなかったけど。
(ロシア人のスパイが殺されたから、というのではなく。)
トロントで一度、スーパーで売られている日本食を食べた時には、
なんとなく味が薄い感じがした。
巻き寿司なのに、酢の味がしない・・・
たくあんだけど、たくあん特有の味がしない・・・
日本におけるイタリアンレストランやフレンチレストランと同様、
味付けはやはり現地仕様に変えているのですね。
ロンドンではインスタントラーメンをコンビニで買ってみて調理して作ってみたけれど、
VegetableTasteと書いてあったのに、ミネストローネみたいな味がしました。
うぅむ。。。という感じ。
お腹もいっぱいになったので、大英博物館に向かうことにしました。
このままSOHOを歩いていくのも手だったのですが、
あまりゆっくり歩いている時間もなかったので、レスタースクエア駅から地下鉄に乗り、
トッテナム・コート・ロード駅(大英博物館の最寄駅)で降りました。
地上に上がるとそこには、わたしの愛するあの人が!!!
勢いでズームアップ
・・・
ズームで見ると怖いですね。
はい。フレディの銅像です。
このドミニオン・シアターでは、日本でも12月25日まで公演されている、
We will rock you!!のミュージカルが行われています。
わたしは去年の夏、日本で見ました。
終始ノリノリで立ちながら(踊りながら?)歌い続けるわたしを前に、
一緒に行った友人は呆れ顔。
あの夏、わたしは伝説を作りました。
満足満足♪
ご満悦の表情で、大英博物館に向けて歩き始めます。
地下鉄チャーリング・クロス駅で降り、地上に上がると、
人がみんな何かを見上げてる。
トラファルガー広場です。
とにかく、でかいです!!!
くるっと振り返ると、ナショナル・ギャラリーがすぐそこにあります。
しつこいようですが、ここは入場料無料!!タダです!!
階段を登ったところに、写真スポットがあります。
ロンドン市内の雰囲気がつかめそうな一枚。
というわけで、タダで一級品の絵画を見られるという、
もったいない機会をめいっぱい楽しもうと、意気揚々と入場。
実は入館料取るんじゃないの?と直前まで思っていたけれど、
本当に、そんなチケットカウンターなんて、ないのです。
ただ、特別展だけはチケット必要でした。このときはベラスケスでした。
クロークに荷物とコートを預け、スタッフにメモ取っていいかを聞く。
普通にOKと言われる。
ボールペン見せて、これでいいの?と再度聴く。
深く頷かれる。
日本では確かボールペン禁止だったかと思います。
どっちがいいのかは分からんが。
入るとフロアガイドがあります。
日本語あります。
かっこつけずに日本語もらいました。
フロアガイドが必要なほど、巨大なんです。ここは。
メモ取ったはいいが、部屋番号を記すのを忘れていたので、
題名と作者と感想を記録しておきます。
・unknown Italian artist "the dead soldier"
unknownというのがなかなかポイントで、
絵画史の中では名もなき画家が描いた、兵士の死体の絵は、
どことなく寂しく、
それが、戦いの後の焦燥感をこの上なく表しているような気がしました。
・Van Dyck "Chales I portrait"
・Gentileschi "the finding of Moses"
わたしはリアルっぽい質感の画も実は好きで、
布のシワとか、肌とか、つい触ってみたくなってしまう衝動をいつも抑えてます。
・Samuel van Hoogstraten "peep show with views"
日本語にすると、覗き部屋です。
繁華街にはこういう看板が下がっているしかるべきところもあるらしいですが、
こちらは絵画作品です。
四角い箱の両側に小さな穴があって、そこから中を覗くと、
立体的に見えます。
普通に箱の正面から見える絵は訳が分からないのに、
横の穴から覗くと立体的に見える。
おそらく目の錯覚の作用を利用していると思われます。
こういうの、大好き。
これは、1650年代に作られて、オランダでは家に普通に置かれていたそうです。
貴族の家限定とは思いますが。
・follower of Rembrandt
followerというのが面白い。レンブラントチックだけど、レンブラントじゃない。
でもfollowerが出るくらいの魅力って、いいなと思います。
・Hobbema 並木道の画
美術の教科書でさんざん見た絵です。好きな絵の一つです。
これはここにあったんですね。
色合いは教科書よりも明るい感じでした。予想より若干大きい画でした。
・unknown Holland artist maybe 16th "Landscape A river among mountains"
unknownという響きに惹かれまくりです。
これは風景画というよりも人物観察に重きを置いた絵であるので、
ブリューゲルより後の年代の作品と考えられる、と説明されていました。
わたしは美術鑑賞指南書のようなものは好きじゃないのですが、
この説明はすごい納得。
ナショナルギャラリーは、適宜、美術史的観点からの解説を入れていて、
しかも一つ一つの作品に対しての考察が、一つ一つの画のすぐ隣で読めるから
見ている側も鑑賞しやすいと思いました。
■Sainsbury Wing
ここは主に宗教ががメインの建物です。
・Fra angelico "Christ Glorified in the court of Heaven"
これは教会に飾る画です。
扉みたいになっていて閉じることができるやつ、なんて言うんだっけ。。。
真ん中にキリストがいて、周りは全員天使。それもいっぱいいる。
キリスト教にあまり明るくないわたしは、
聖なる瞬間だというのは分かるのだけど、
一体何がすごくて天使が感動しているのかちょっと分かりませんでした。
もうちょっと勉強しなくちゃだな。
・Jan van Eyck "アルノルフィーニ夫妻の結婚式"
K女生なら誰もが覚えているはず。
なぜなら、この夫の方の顔が某先生の顔に似ててきもいってみんなで言ってた画だから。
(今考えると酷いな)
いやぁ、この画がここにあったとは知らなかった。
見れてよかった。
やっぱ顔きもいけど。
この画をじっと見ている時に、ツアーの人がきて、
ガイドが早口でまくしたてながら説明してました。
ナショナルギャラリーには、名作とされる画の隣に必ず、
「この画はmustだよ!」っていうサインが貼ってあります。
この画にも貼ってありました。
なるほど、ツアーはきっとこのサインのところばかりに行くんだろうな。
なるべく時間がぶつからないようにして、一人でじっくり観たい・・・と思い、
そこから「勝手にチェイス」が始まりました。
・Fillippino Lippi
これはゴージャスな額縁に入っていて、
額縁の下の部分にさらに画を描くスペースがあり、
そこにキリストやマリアと思われる人物の画が描いてありました。
ちょっと変わった額縁だったので印象に残りました。
・Andrea Mantegna "the introduction of the curt of aybere to Rome"?
題名はちょっと微妙な覚え方ですが、これはローマ時代の兵士が行進している画です。
この画は、白、黒、赤で全てを表現しようとしている画でした。
もちろん、濃淡はあるんだけれど、
他の絵画が緑、黄色、青などを使いカラフルにしているのに対し、
この画はシンプルな色使いだったのです。
それがまた過酷な行進の様子を引き立てているような気もしました。
・Pontormo
ポントルモの絵は先天的な軽さがある、とは某番組の解説ですが、
本当にこの画家の絵はふわふわしていて、
とても重力のある世界を描いているとは思えないのです。
まぁ描いているのが神の世界だから重力なんて関係ないのかもしれないけれど、
それでも地上に立っている人物に、質量を感じないのです。
で、じーっと観ていて気がついた。
絵画中の人物、みんな片足立ちしている!!
普通片足立ちしたらバランスを崩すか、
バランスを保つために身体は斜めになるはずなのに、
彼らはみんな両足で立っているかのように、まっすぐ立っている。
普通にやったら足が辛くなる行為を軽々とやっている。
これが、ポントルモの絵にある、無重力感につながっているのかもしれない。
そう思いました。
・ホルバイン ”大使たち”
超有名な絵です。
立ってこちらを見る大使たちの足元にある謎の物体。
これがだまし絵になっている、というあの絵です。
これが観たかった!!!
すごい巨大な絵です。
で、だまし絵、試してみました。
見えました。。。やはり、謎多きミステリアスな空気が漂っていました。
これ、骸骨だけだと思っていたのですが、
解説には左下からも何か見えると書いてあったので、観てみました。
死神のような人物が見えました。
だけど、これが一体なんなのか調べてもよく分かりません。
解説には、cruckfixと書いてあって、これ辞書で調べても載ってないのです。
一体あれはなんだったんだろうか。
・Leonard da vinci "the virgin of the rocks"”岩窟の聖母”
どこからどう見ても、綺麗な絵です。
キメが細かくて、肌の柔らかそうな感触まで描いている。
近くで見ると分かるけれど、輪郭線がどこにもない。
聖母の温かみが伝わってくるかのようなこの絵。
油を使っていると書いてあった気がするけど、まったく塗り重ねの跡が見えませんでした。
ごつごつしていないから、余計に滑らかな絹のような感触に思えるんだろうと思います。
さて、ここまで見たところで、この宗教画エリアは終わりでした。
ヨーロッパの人がどれだけキリスト教を大切にしているかが分かりました。
なぜなら、このエリアにいたアングロサクソン系だなという感じの人々は、
皆食い入るように宗教画を観察し、隣の見知らぬ人と語り合っていたからです。
知らない人とも、神の話ができる。
これってすごいことだなと思いました。
わたしは一応仏教徒なのですが、
仏教絵画、たとえば曼荼羅などを見る機会というのもあまりなければ、
知らない人と仏陀について語り合える機会もほとんどないからです。
今年の7月末に曼荼羅を見る機会があったけれど、
その時に、発見もあったしなるほどと思うこともあったし、
とにかく本当に面白いと思った。
彼らが宗教画を見ることと、わたしが曼荼羅を見ることというのは、
図式としては同じことと思います。
彼らは1,000年近くも宗教画を描き続け、それを蓄積し、鑑賞することで
キリスト教と信者を代々受け継いできている。
もちろん、教会が果たしてきた求心力としての役割は大きい。
それに対し、日本における仏教の受け継ぎ方というのは、
曼荼羅を見て、どれが仏陀でどれが菩薩で、誰が何をしてという話を聴くよりか、
「よくわかんないけど、寺にじっちゃんばっちゃんと一緒に行って坊さんのお経を聴きました」
っていう小さいころの記憶と、どこかのお寺で見た仏像の意味が一致した時に、
初めて、「あぁ、これが仏教なのかなぁ」と実感する流れがあるような気がしている。
どちらが良いとか悪いとかじゃなく、
わたしたちの世界ではそういう時間の流れであっても、
彼らの世界ではずっと昔からキリスト教に浸かる時間の流れを持っているということを、
分かっていた方が良いんだなぁと改めて思った。
わたしがアルノルフィーニ夫のことを、きもい呼ばわりして笑ったとしたら、
激怒しそうな人はいっぱいいました。
もちろん笑ってもいないし、心の中で、
(そういえば、きもいってみんなで言ってたなぁ)と思い返していただけですが。
イスラム教はもっとすごいんだろうと思う。
アラブ圏に行ったことはないし、ロンドンのアラブ人街(あるのか知らないのだけど)にも行っていないから
身近に実感したことはあまりないけれど。
■地下
マネ、モネ、ドガ〜ピカソまでの展示をしていました。
・Renoir "the umbrellas"
最近、西洋絵画を見る機会があまりなかったので、改めて思いました。
ルノワールの絵というのは、やはり、ヨーロッパの空気があります。
まぁ、当たり前なんだけど。。。
描かれている女性から女性の匂いが感じられると思っています。個人的に。
世界中で色んな人が、女性を描いているけれど、
女性の温かみとか、
女性が集まった時に感じる柔らかい匂い(というのがあると思う)は、
あえて排除されているか、誇張されてエロティックになっているか
どちらかのような気がしている。
ルノワールの場合は、どんなに肉肉しい(笑)絵であっても、
エロには感じないです。
なんだろう。お母さんと一緒にお風呂に入るような感覚で観れる。
・Seurat ”Bathers at Asnieres”
スーラの超有名な絵です。
わたしが点描画を知った初めての絵。
美術の教科書には必須で載ってる絵ですね。
で、すごいんだ。この大きさが。
巨大以上の巨大さ。
大きな絵とは聴いていたけど、ここまで大きくていいのかよ!っていうぐらい(笑)
近くによると、黒い小さい点がいっぱい。
一瞬カビかと目を疑う、庶民派のわたし・・・
一歩、また一歩と遠ざかると、それが水面の波になっていくのが分かります。
これが感動的。
人物の影も、同様に、カビみたいな(やめようよ、この表現)点々が
遠ざかるにつれて人の影になっていきます。
・Hernri Rauseau "tiger in a tropical ??"
自分でメモ書きながら文字が読めなかった・・・
絵は覚えてます。
草むらの中に虎が潜んでいる絵です。
・Van Gohh
ゴッホと発音するのだと思っていたら、
「ヴァン・ゴゥ」と発音するんですね。
どこがどうやって「ゴッホ」になっちゃんたんだろう・・・
これを知った時の衝撃は忘れません。
2004年春のオンタリオ美術館での出来事でした。ホストマザーよ、ありがとう。
で、ありました。
ひまわり。です。
そして、お隣には糸杉の絵
"a wheat field with cyresses"
草原を飛ぶ蝶の絵
”long grass with butterfly”
蝶がすんごい小さくて、どこにいるのか探しました。
ここにはどこよりも人が群がっていました。
そんな人の塊の隣で、ひっそりと自己主張する絵がありました。
・Vil helm Hommershoi "interior 1849"
寂しそうな女性の後姿の絵です。
隣が大盛況で盛り上がっている中、
派手さはないけれどしっかり足を踏みとどまっているような気がしました。
これでナショナル・ギャラリーを全て見終わったわたしは、
次なる目的地へと向かいます。
気持ちの良い目覚めでした。
この日、わたしは1日アートデイを予定していて、
朝から大英博物館あるいはナショナルギャラリーに行こうと思っていました。
が、部屋を出る時にふと思う。
現在7時半。
8時から美術館ってやってるのか??
やってるはずもなかったです。
そこで開館の10時までどうするかと若干の行程変更を考えました。
で、まず行く予定なかったけど思い立って行ってみたのは、この場所。
これ見てすぐにピンと来る人、あなたは素晴らしいRockerです。
??と思った人、これで分かるか!?
正解は、Beatlesのアルバムジャケットで有名なアビーロードです。
あの横断歩道ですよ。
なぜ斜めってるかと言いますと、
まっすぐ撮ろうと思ったら車に轢かれてしまうからです。
アビーロード・スタジオの庭では、草刈が行われていました。
この場所は、St.John's wood(このJohnはジョンレノンとは関係ない)
という駅から行くのですが、
この駅のまん前に、Beatlesショップがあります。
入ってみると、
「All you need is LOVE」というメッセージの入ったTシャツが売っている。
ピンク色。
これは欲しいと思ったが、サイズがなくて断念。。
狭い店内は、コーヒーとサンドイッチも売られていて、
それを買いに来た、いかにもイギリス的上品さの漂う老夫婦としばし歓談。
(お互い目が合ってにっこりと微笑む)
おばさま 「どちらからいらしたの?」
わたし 「日本です」
おばさま 「あら、ジョンの奥様は日本人だったわよね」
わたし 「オノ・ヨーコですね」
おばさま 「そうそう、ヨーコよね」
わたし 「我が父がビートルズ、特にジョンレノンが大好きなんです」
おばさま 「あたくしもジョンが好きよ」
おじさま 「ここでお父様に何か買っていってあげるといいよ」
わたし 「そうしてみます (笑顔)」
※大方意訳ですが、彼らはこんな雰囲気のしゃべりかたをしてたのは事実です。
店内の目立たないところに、イエローサブマリンのトランプがあって、
イラストがかわいかったので、それを買いました。
日本じゃ見つかんなそうだな、これ。しめしめ。
と、またもや海外でも孫キャラ発揮してみた、わたしです。
わたしの孫キャラは海外でも通用するらしい、と。
ちなみに駅近くの横断歩道を撮ってみました。
押しボタン式です。
まぁ、だけど信号をおとなしく待つ人もいないし(わたしがそう)
信号が青だとしても、青になっている時間は3秒くらいですから・・・
車椅子とか足怪我した人なんてどうするんだろう。
旅の最後、足が痛くて速く歩けなかった時にそう感じました。
もうちょっと優しい横断信号であってほしいです
次に降りた駅は、Baker streetです。
これでピンと来る人は、推理小説好きに違いない。
駅構内からして、ホームズホームズホームズホームズホームズホームズ・・・
そう、シャーロック・ホームズの舞台となった、Baker Streetにやってきたのです。
ここは、他の名所やRegent's parkにも近く、便の良い駅です。
これが観光客の殺到する、マダム・タッソー蝋人形館です。
入場料は大人一人4000円弱です。
入り口でその金額を見て、えっ!!!と叫ぶ。
ファミリー割引なるものがあるそうなので、家族で行く時に入るべし、と思い、
入らんかった。
ロンドンの街角にある郵便ポスト。
どことなく懐かしい香りが漂います。
マダムタッソー蝋人形館の近くにある銅像。
もちろん、シャーロック・ホームズです。
中国人団体観光客と思しき人々が写真撮影している合間をぬっての一枚。
Baker streetの様子。拡大してご覧ください。
左側の手前にはSonyショップがあります。
ロンドンの大通りには大抵Sonyショップがありました。
Panasonic、Toshibaという文字は時折見かける程度。
そして、Sonyという単体で店を構えているのも日本の電機企業の中ではSonyだけ。
あとはサムスンなどが単独店舗がありました。
Panasonic、Toshibaなどはこの2つで合同か、
あるいは他の日系企業と一緒に店を構えていることが多かったです。
Sonyブランドが未だ高いことを考えると、Sonyはこの数年が勝負な気がする。
がんばれ、Sony!!
※ついでに、KFCとマックのMマークも見えます。やっぱり世界中どこでもある。
Baker Street211番地。
シャーロック・ホームズの世界の舞台が現実にあるのです。
小説が書かれた時代にはこの番地はなかったのに、
道路の拡張と共についに出現したとか。
ここに探偵依頼の電話がかかっているらしいです。
嘘と思うけどほんとの話。
Baker Streetを歩ききると、Regent's Parkです。
ロンドンには自然公園が多いので、一箇所は散策しようと思っていました。
朝で人が少なくて快適でした。
写真は、Regent's Parkに入ったところにある池です。
池周囲に鳩がうじゃうじゃいて、
わたしが足を踏み入れたとたん、
こうして突進してきた!!!
ひぇ〜〜〜
思わず逃げるわたし・・・
わたしの行く方向にひたすらついてくる鳩の群れ・・・
ついでに何羽か飛びながらわたしに向かってくる・・・
ひぃ・・・
こんな鳩の大群に追っかけられるなんて体験したことなかったし、
まじ恐怖でした。
池の鳥に餌やってる人笑ってるし。
助けてくれよ。。。
というわけで、鳥だらけの人工池から始まります。Regent's Park。
池の近くにいたリスちゃん。
くるくる動いて、かわいい。癒し系です。
さっきの鳩らとは大違い。もう鳩なんて嫌いさ。
ローズガーデン その1
ローズガーデン その2
ここの道を歩く途中、ベビーカーに乗せた孫と散歩するおじいちゃんに遭遇。
すごい良い笑顔してました。
幸せな、のどかな気分になりました。
ローズガーデンの全体写真。
本当に静かな時間をのんびりと過ごせました。
ここから、Regent's Park駅まで歩いて地下鉄に乗ろうと考えていたわたしは、
道行くおじさんに聞きました。
「Regent's Park駅はこの近くですか?」
「ええ、そうですよ。でも今日は駅閉まってますよ」
「え!?どうしてですか??」
「工事中なんですよ」
(工事中で駅が閉まるってどういう状況だよ。。。という心の声)
「というわけで、Baker Streetまで戻って乗った方がいいね」
「・・・ちなみにBaker Street駅、どっちの方向ですか??」←地理がわかんなくなった人
「この道まっすぐさ」
一度はぶつかると思ってましたが、
「駅工事中につき閉鎖中」という日本じゃありえない事態に遭遇してしまったのでした。
わたしはもう一度、マダムタッソー蝋人形館と、ホームズの銅像を見つつ、
Baker Street駅まで戻って地下鉄で一路、ナショナルギャラリーへと向かいます。
ここから再び、フレディネタ。
18:48到着に間に合わんと思いつつ、
アールズコート駅まで地下鉄でとんぼ返り。
薔薇を買って、もう迷うはずのない道順を辿って走る。
到着。
花束がこんなにいっぱいになっていた!!!
左下のがわたしのです。
キャンドルも灯って、綺麗です。
キャンドルはポーランドのグループが次々と置いていきました。
静寂の中、まるで儀式を行うかのように、粛々と置いていっていました。
みんな思い思いのメッセージをドアに書き込んでいきます。
そんなポーランドグループと一枚撮りました。
真ん中がキンガです。
ちなみに、素顔で写ってたので、若干(!)画像加工しましたよ。
よく目を凝らさないと見えないけれど、背後にたくさん人がいるのが分かります。
![]()
オランダからのカリブラ、彼女の息子エリックと一緒に。
24歳、夫、子持ちですよ。ひょえーだ。
エリックかわいかった。。。夫もかわいかった。。。笑
![]()
クイーンが売れる前、メンバーがよく飲んでいたという、ケンジントン・パブ。
ポーランドのグループと、日本人のおじさんと一緒に、行きました。
この日は歩き疲れていたのと、興奮状態のおかげで、ぐったり。
ホテルに戻って、ちゃんとモーニングコールを頼んで寝ました。
枕元には目覚まし時計と、携帯アラームもセット。
明日に備えました。
さて、前日深夜までばたつき、やっとほっとしたためか、
知らないうちに爆睡して気がついたら24日の11時半でした。。。
あ・・・
申し込んでいたロンドン市内観光半日ツアーが行っちゃった・・・
っていうか、もう終わりつつある時間だ・・・
モーニングコール頼むのを忘れたことを
猛烈に反省。
しばらく、温かいベッドの上でしょんぼりする。
1分後、気を取り直して、
「じゃあ、自分で回っちゃえ!!」ということになりました。
でもその前に。
24日夜にFreddieの家に行くためには、場所を確認しておかないと、と思い、
水もそこそこに部屋を飛び出してアールズコート駅まで歩く。
本当は15分歩けば着くはずなのに、着かない・・・
道を勘違いしていて、住所の地名が見当たらない・・・
1時間後、見つかりました!!!
これが、ロンドン アールズコート Logan Place1番地?にある、
Freddie Mercuryの家 通称「Garden Lodge」です。
すでに、花束が置いてありますね。
わたしが場所確認を終えて、
よっしゃ、ロンドンに繰り出すぞ!と引き返す途中にも、
真っ赤な薔薇の花束を持ったどこぞの女の子が向かい側から走ってきました。
これから、ロンドン市内のバッキンガム宮殿に向かいます。
アールズコート駅で切符を買うことにしました。
これが、ロンドンの地下鉄(通称tube)の自動販売機です。
各言語に切り替えができて、なんと、日本語もある。
この隣に有人の「みどりの窓口」的なカウンターがあります。
買い方失敗するとお釣りが出ないらしいので、
よく分からないわたしはカウンターで駅員さんに、
「1−Dayトラベルカードちょうだい♪(注:意訳です)」と言って、買いました。
ちなみに、この写真の真ん中らへんにある、黄色い丸は、
オイスターカードの読み取り機。
Suicaみたいなもんです。
ロンドンっ子はオイスターらしいです。
でも、なんでオイスターなんだろう。。。牡蠣??
地下鉄に乗って、Victoria駅で降り、バッキンガム・パレス・ロードをまっすぐ歩くと、
エリザベス女王の住むバッキンガム宮殿に到着します。
世界中からの観光客がわさわさいるのですぐ分かります。
衛兵さん、今日もがんばってます。
宮殿の前にある、広場に集まる観光客。
上の広場から撮った宮殿。
みんな柵と柵の間からカメラを差し込んで、衛兵さんをズームアップで撮ってました。
みんな考えることは同じってやつですか。。。
セント・ジェームズパークを望む。
ここを歩いていくと、ウェストミンスター寺院とビッグ・ベンに行き着きます。
結構車の往来は激しかったです。
ロンドンの街は、日本と車線が同じなので、あまり違和感がないですね。
ウェストミンスター寺院のちょっと手前の地点。
奥の方に見える人だかりは、ヨーロッパのどこかの国(たぶん)の
修学旅行生たちです。
道行く人に歓声あげて手を振って大騒ぎ!!
すんごいうるさかったけど、ハイになる気持ちも分かるので、一枚撮ってあげました。
どこの国も、中高生はうるさいのだ。←かつてわたしもうるさかった。うん。
ウェストミンスター寺院の前を通る観光バス激写シリーズ その1
ダックツアー(Duck tours)のバス
その名が示す通り、水陸両用の観光バス。
このままテムズ川に突っ込んでいくそうです。
ウェストミンスター寺院の前を通る観光バス激写シリーズ その2
お待たせしました。
ロンドン名物。二階建てバスです。このショットを撮るのに10分くらい費やしたわたし・・・
ウェストミンスター寺院
事情あって中に入ってゆっくり見る時間がなかったため、
次回入ることを決意。(その時午後3時半。巡礼まであと3時間半という危機・・・)
有名どころです。ビッグ・ベン。
ちょうど15:30の鐘が鳴りました。
この時間で、もう薄暗くなっています。この30分後に、暗くなりました。
国会議事堂。まるで教会のようです。
入り口の前で、政治家みたいな人が
お隣に美人キャスターみたいな雰囲気の女性を伴って、撮影会やってました。
対岸にある、観覧車は、ロンドンの新名物。ロンドン・アイです。
ウェストミンスター駅からタワー駅(そのまんま)で降りてすぐに、
ロンドン・タワーが見えます。
意外とちっちゃいことが分かる。
これが、タワーなのか??というぐらい、高くないのです。
でも、当時は巨大建築物だったんですね。
ロンドン塔の前には、冬季限定のスケートリンク。
ヨコハマ赤レンガ倉庫前と同じような感覚で、市民がぐいぐい滑ってる。
スケートリンクを超えて、川沿いに行くと、見えるんです。
タワーブリッジ。
16時くらいだけど、夜景みたいです。
ここの近くにあるお土産屋さん(たしか、Tower Shopみたいな名前)には、
とてもセンスの良いものが置かれています。
ここでお買い物をしていたら、どこかの国のおばさまが
「ねぇねぇ、ちょっとこれ見てくれる?」と話しかけてきました。
何かと思ったら、フリースジャケットが似合うかどうか心配だった様子でして・・・
「似合う??」
「I think it's OK」
おばさま、にっこり笑ってレジに向かいました。よかったね。
ロンドンでも孫キャラ発揮かよ・・・自分。。。
こうして、ロンドンの街は、日没を迎えたのでした。