2006年10月05日

感性。

感性は歳とともに衰えていくものだ。

と、fre9父は言った。

ビートルズは好きだったけど、
70年代以降は社会人になって感性が衰えて、
クイーンなんか、聴く気にもならなかった。

(ここで、fre9父酷い!と怒ったことはここでは詳しく書かない)

社会人になって半年。
わたしの感性はどうなんだろう。

多少のことでは驚かなくなった気がする。
たとえば社長が代わって大幅な人事異動の渦中にいるとかとかとか。。
わたしは一体どうなるんでしょうね。
ほんとうに。
どこだっていい。(いや、ほんとは良くないけど)
わたしの居場所はどこになるのか、早く教えてほしい。
まぁ、きっとどうにかなるんでしょうね。
むしろ、どうにかなされちゃうんだろうかね。
そんなスタンスから傍観している。

仕事の大きな山場を2つくらい、越えた。
凄まじい生活だった。
それでも終バスに間に合っていたのは奇跡に近かった。
2つの山を一人で抱え込むことになろうとは思わなかったし、
いいのか?これ新人一人でやっちゃっていいことなのか??
と思いつつ、
でも新人だからミスった、って思われるのも悔しいよな、ってことでがんばったけど、
やっぱり最後の最後で派手にミスった。

頭の回っていない時のことだった。
そこが自分の限界とは思いたくなかったけれど、
突っ走る生活を続けることへの体力的限界は確かに感じてしまい、
突っ走るなら突っ走るで、
ペースメーカー的役割の人か、あるいは給水所的役割の人が傍に必要だ。
間違いない、と思った。

ここ2週間くらい、世の中についていけてない。
それどころか、
友達に何の話をしたかとか、ちょっと前に食べたご飯のおかずとか、
そんなことすらも思い出せない酷い状況の時もあった。
社内にはいるけれど、あまりにも突っ走って仕事をしていたためか、

「姿が見えないけど、元気だった?」

って先週くらいに誰かから言われた。
これ、実はすごいことだ。
そんなに光速で移動してたのか、わたしは。。。

だけど・・・
ぼんやり外を歩きに行ったときに感じた、キンモクセイの香り。
甘くて、ほのかで、か弱い香り。
英語で、orange sweet tea と言うらしいと知って、
余計に好きになった。

それから、夜の港区を自転車で駆け抜けた時に感じた、夏の終わりのにおい。
ちょっと湿ったような葉っぱと草木の青いにおい。

嗅覚だけじゃない。
五感で感じる何かはあった気がする。
五感全てで誰かへの温かい感情を感じたり、
五感全てで幸せを感じたり、
五感全てで相手の苦しみや哀しみを感じたり、
反対に五感全てで自分のマグマを表現したり。

感情的になるということは、感じたということ。
冷静でいられなかった時は、
ある意味わたしの感受性が強かった(強すぎたかもしれないが)時だ。

毎日、立ち止まったりちょっと考える時間すらなかったときであっても、
わたしは感情が揺さぶられる体験をしたと思う。
自分自身が揺さぶられるようなモノやコト、ヒトに反応する感性はあったと思う。

ぼんやりしていた時にふと訪れたキンモクセイの到来のように、
わたしはほんの小さなことでも幸せを感じられるような人でありたい。

ほんの小さなことであっても、何かに気づける人でありたい。

知らないうちに感受性が失われていくのならば、
わたしはあえて自分から小さな事象への興味を持つ努力をするのみ。
そうやって、わたしは生きていきたいのだ。

Posted by fre9 at 2006年10月05日 00:45
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