2006年10月01日

創作についての決意表明。

9月30日締め切りのコンテストには、結局出しませんでした。
急に出そうとおもったやつだったし、
構想も練りきれていないまま書き進んで、
規定枚数は満たしてて出そうと思えば出せたけど、
やめました。

理由は、やっぱり、話のまとめかたを再考したかった、からです。

以下、創作について考えたことを書き記します。

先日発覚した、某コンテストでのわたしの作品の位置づけと評価。
それを頭に置いて、昨日の夜中、わたしは自分の作品を、
提出後、初めて読み返した。

なかなか面白かった、というか、
かなりキャラ立ちしてる作品を書いてたんだということが分かった。
文体も、キャラクターも、舞台設定も、全て作品の世界観にマッチしてたと思う。
ただ、演出と構成がまずかった。
非常にまずい持っていきかただった。
それは審査員の評価でも指摘されていたことだった。

つまり、わたしが今まで自分に対して思っていたこと、
・話の着想や着眼点、世界観はわりとおもしろくできる
という点においては、
もうそろそろ自信を持ってもいいころかもしれないということである。

それから、数ヶ月前に目標設定した、
・キャラクターを忠実に描く
という点においても、
だいぶ上手くなってきたかもしれないと思えた。
それはモデルになってくれたたくさんの人たちのキャラクターを
ただまとめただけだったかもしれないが、
それでも一人の人間としてのキャラを確立できていたことは、良かった。

それから、文体の話。
・一人称拒絶症にならず、必要であれば使うべき
という決断についても、
それが自分に合っていたんだ、ということが証明された。
きちんと第三者視点で描ける能力も身に着けたいのだが、
今のところ、自分に合った書き方で世界観を作っていく方が、
おそらく効率が良いと思う。

それで、最後は構成について。
・構成と演出能力を磨く
という点のブラッシュアップがぜんぜん追いついていない。
ここでもの凄く足を引っ張って、自分の及第点にさえも届かない現状がある。

仕事でも構成ということにもの凄い思考をめぐらせるが、
それと同じで、
全ての制作物には、構成ありきの部分がある。
どんなに面白いアイデアであっても、
見せ方が悪ければ面白く見えない。
それは、大学時代デモ発表をしてきたときに感じていた。

提出するということは、
一切の言い訳も補足も許されていないということだ。
デモでは、ここは説明で補えばいいか、といってなんとかなる場合があっても、
作品を投稿する場合には、ありえない。
言い訳も補足もなしに、
おもしろいものをおもしろく見せられる能力を、
わたしは磨かないといけない。
最近多くの文章を読んでいるが、
どうも、論文とかノンフィクションが好きで、
いわゆる、起承転結系ばかり好んで買ってしまうのだが、
ここの段階にきたら、
どんなストーリーでもいいから、読みまくろうと思った。
どんな演出と構成で、作品の魅力を追求しているのか。
それをピックアップしていく作業を積み重ねようと思う。

映画だって、漫画だって、いい。

わたしが常に考えている、
・文章はリズム(音楽)である。
という思想を実現しているようなものに出会いたい。


こういうことを考えていたら、
30日の未明、大方完成したストーリーを最初から読んでみた時に
「これはまた同じ繰り返しになるな」
と直感した。

わたしが7月31日深夜に至るまでに感じていた、
高揚感がない。
書きながら別の次元へ飛べるようなエネルギーがあの時はあって、
出し終わったあとの達成感につながったけれど、
今回はこれで出したとしても達成感にはつながらないだろうと思った。

わたしの高揚感の勘は絶対だ。
書いているときに自分でもおもしろがれる、Highになって別次元に行ける、
そういうところから生まれたものは、今読み返してみてもエネルギーがある。

今まではただがむしゃらに書いてきて、まとめて送れればよかった。
でも、それだけじゃいけない。
がむしゃらに書き続けはするけれど、
ただ単に話をまとめて書ききって、ひたすら練習する段階から、
次のステップに来ていると思う。

ここの関門は非常に苦しい。
多くの人の助けが必要になると思う。
それは、客観的立場の人に、
おもしろみが伝わっているかどうかのチェックも必要になるからだ。

今まで磨いてきたものは磨き続け、
次のステップを乗り越えていきたい。

Posted by fre9 at 2006年10月01日 01:22
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