やっと、書き終わった。
1200字でなんとかまとめた。
何をまとめたかというと、わたしがエセ通訳をやった時の話だ。
もう2年も前になるけれど、オケに外国人ソリストが来て、
なぜか通訳をやることになって、てんてこまいした時の話。
あの時、いや、それ以前から、わたしはたとえ単語は多く知らなくたって、
わたしは英語は話せるんじゃ!と思っていたし、
あの時も実感したし、今もそう思っている。
英語を話すって、
外国語を話すって、
単語力も大事だけど、とにかく「話す意思を持つ」ことが重要だ。
変な英語だっていい。
正しく話そうと思うから通じないと感じ、ますます話せなくなる。
英語が正しく話せない者同士がメッセンジャーで会話していても、
なんとなく相手の言いたいことがわかる。
この現象の説明がつく人はおそらくいない。
そんな話を書きました。
本当はトリエンナーレの話を書こうかと思ったけれど、
時期的にもう一年か・・・と思ったら切なくなりそうだったので、
やめました。
もうすぐ、わたしの生き方を大きく変えることになったイベントから一年。
これをきっかけに、わたしの人生は変わった気がする。
去年の今頃から今まで、
なんでこんなにも、と思えるくらいの不思議な出会いと出来事が起こって、
まさに激動だった。
楽しい思いもしたし、大きく傷ついたこともあった。
でもいつも思う。
非凡な人生があるからこそ、
身近に存在する平凡な出来事の幸せを感じることができる。
そしてそれに気づかせてくれた人と出会えたということ。
秋の空気は淋しくて、
何も起こっていないのに、苦しくなる。
秋と冬は、いろいろな思い出が詰まっていて、
時々雪崩のように全てのものがわたしを追いかけてくるような気もする。
だけど、わたしは今を生きているからもう巻き込まれはしない。
雪解け水を飲むことはあっても、
雪の中に身を埋めたまま生を諦めることはしないから。