今日はアートに触れる一日でした。
まず、観た。
その次、聴いた。
最後、考えたのでブログに書く。
+++ 観た話 +++
今日は汐留の岡本太郎の絵を観に行きました。
が、その前にユキンコアキラさんのリズムペインティングをやっていたので、
それを初体験。
初、遭遇だったわけです。
感想を一言でいうと、
「爆発」
してました。
「岡本太郎の前で爆発」っていいなぁとわたしは思った。
リズムにのって汗だくで画を描いていく様子は、
わたしには無心な創造風景に思えた。
そしてそれはわたしが時折感じる、作品世界を作る作業中のトランス状態に
もしかしたら近いかもしれないなとふと思った。
最近、考えすぎて感じられなくなってきたこの感覚を、
わたしはもう一度感じたい。
それにはこういう無心な喜びのようなものを取り戻すことが必要かもしれない。
わたしは何よりも書くことで表現するのが好きなんだと、
大きな声で叫ぶ。
ことばのすれ違いは嫌いでも、
ことばなしには生きられないほど、わたしにとってことばは大切なんだと、
泣きながらでもいい、ことばを絞り出す。
だって、しょうがないじゃん。
小さいころからそういうことが好きだったし楽しかったんだから。
きっとこういうことなんだと、目の前のパフォーマンスを観ながら思った。
だからこそ、そういう精神で無心に描いただろう、岡本太郎の絵の前で、
「びぃ〜たろぉ〜〜♪」
って言いながら観覧客の記念撮影のシャッターを押す、
日テレ主催イベントのバイトたちが、許せなかった。
アホか、と言いたい。
頼むからハイチーズに戻すか、何も言わないで。。。
岡本太郎が生きていたら、
この客寄せパンダ的な扱いを許しただろうか。
あの場では、Artは、本当に(M)art化していた。
確かにここまで規模の大きいイベントだからこそ、
あの画が多くの人の眼に触れることになった。
もしかしたら少年少女たちの人生を変えることになるかもしれない。
でも、そもそもの画とは別に創り上げた商業的コンセプトの中に、
作品を融合させようとしたって、それは無理と思う。
本当は美術館のような空間でじっくり画を見るのが好みで、
それは今日の様に人がじゃらじゃら集まって邪魔されたくないから。
だけどそんなコマーシャルにまみれた状況においても、
作品のエネルギーだけは異質だったと感じる。
それはわたしの尊敬する岡本太郎が持つプラスのエネルギーが
キャンバスに打ちつけられたものだからだと、思っている。
それだけに、あの「びぃ〜たろぉ〜〜〜〜〜〜」の声を何度も聴いていると、
お口にガムテープでも貼ってやりたいとちょっと思ってしまった。
そんなわけで、コマーシャリズムの産物であるスーパーマンと
一緒に写真を撮ったわけです。
静かなる反抗。