仕事で大変そうにしているけれど、
実はそこまで大変そうでもなかったりする。
大変なことは大変なんだけれど、
自分ではまだ大変じゃない方だと思っている。
大変そうにしていることというのは、
何となく美徳であるらしいから。
最近人と話していて思うのは、
皆、いかに自分が大変かをアピールしては、
相手の方が楽で苦労してない、自分の大変さを分かってない、と言いたがる。
でもこれ、あまりに配慮に欠けた発言なんじゃないかと思う。
自分だけが大変だと思いたい心理は理解できる。
わたしに比べたらあの人は恵まれてるよと卑屈な気持ちになったことだってある。
だけど、恵まれてるといわれた人だって、
それなりに苦労していて大変だと思いながら毎日生きていることを、
そういう発言をする人は考えていない。
わたしだってそう言いたくなる時があるし、
言ったこともあったと思うから、
あまり責められたものじゃないけれど。
同業他社ならともかく、
他業種他社であるならば
他業種の特徴なぞを体験したこともないのに、
あんたは楽だ、と簡単に言い切るのは危険極まりない発想だとわたしは思う。
自分だけが死ぬ思いをしてると思うのは、その人次第だからいい。
そしてそういう環境を作ってしまっている一因に自分がいるとしたら、
それはわたしだって考えるべきだ。
実際これを書こうと思ったきっかけになった出来事では、
わたしはその一因にかすりもしないのだが。
でも、それを周りに当り散らすのにはわたしは賛同できない。
あんたは気楽だからいいね、と言われた方は、
「あなたに何が分かるんですか」
と言いたくなるし、
言った側だって何もトクをしない、非生産的な発言だ。
働いているということは、
自分の思うとおりにならないことに必ずぶち当たるんであって、
それを受け入れないことには前に進めない時だってある。
飲み込むのに時間がかかるのはいいとして、
他の人が何の苦労もなく楽しく生きてるなんて決め付けるのは、
おかしい。
職種の数だけ、苦労の種類がある。
職種の数や、そこで働く人の数だけ、職業の楽しみがある。
それを解決して見つけていくのは、自分しかいない。
だけど、、、
これは日本だからなのかどうなのか知らないけれど、
大変そうに生きてることで人から一目置かれるというか、
そういう姿勢を見せて初めてがんばっていると見なされるような風潮があるように
思えてならない。
でもわたしの感覚では、
いかにも大変そうにひいひい言うのって、かっこ悪い。
深くは書かないが、
一生懸命がんばっている姿勢というのと、
自分で自分の首を絞めて頭が爆発している状態というのは、違う。
わたしは一生懸命やってます感を出そうとしているけれど、
それが少しでも、爆発しているように見えているんだとしたら、
明日からでもそんな姿は消してやりたい。
それほど嫌なことではあるんだけれど、
精一杯がんばってこなしている途中で、
次から次へと無理難題がどさどさ落ちてくるのは
やっぱりぶっちゃけ凹むから、
なんとなく大変そう感を出してみたりしているわけです。
時々だけど。
ザ・確信犯。
昔からそうだったけど、
今はそんな性分に時折助けられている。
過去の自分よありがとうとお礼を言いたい、今日この頃。
ああー!よくぞ言ってくれました!!
と、俺みたいな立場で言うのも変な話だけど。
社会人になった一部の友人がそんな感じの日記や
わけのわからない説教みたいなことをし出して怖くなっちゃって、
この気持ちのやり場をどうしようか、と悶々してたです。
同じ手ごたえを求めようとするなら、相手の感覚を身にしみて理解できる手ごたえを求めたいね。と思う。
Posted by: あまやん@お仕事開始5日前 at 2006年07月27日 04:01
>大変そうに生きてることで人から一目置かれるとい
うか、そういう姿勢を見せて初めてがんばっている
と見なされるような
いい言葉がありました。 『ひとりよがり』
そのような方を眺めていると、コメディーでそす。
>あまやん
まずは卒業おめでとう(笑)
社会人になると価値観が変わってきたりモノの見方が変わってくる、
という現実があるのは認めるけど、
それが自分だけの世界で完結してしまうのは怖いよね。
少なくともうちらは相手の眼になって考えるのは続けていきましょうぞ。
>女三宮さん
まさしく、ひとりよがり、ですね!
ぴったりな言葉をありがとうございます。
そうです。この言葉を表現したかったんです。
ひとりよがりな世界に閉じこもらないよう、
努力したいです。