2006年07月03日

ヨコハマをーかー(冒険編)メリー・ツアー第一弾

買い物をした後、わたしはひたすら関内まで歩きました。
中華街を抜け、日本大通を突っ切って、横浜スタジアムの横をすり抜け、
いざイセザキモールへ・・・

正直こんなに人がいるとは思っていなかったのだが、
やっぱりセールのおかげなんですかね。

とはいえわたしの目的はセールではなく、
独りツアーをやるためだったのです。
何のツアーか。

「ヨコハマ・メリー」の舞台となった場所ツアーです。

この映画がわたしに及ぼした影響は計り知れません。
この後、わたしの人生も変えるかもしれない予感がする。
それくらいのターニングポイントに直結するようなことが、
この映画周辺で起こっているんです。
だからこそ、この映画が、
そしてメリーさんが歩いていた横浜の軌跡を
この目で見ておきたいと思った。


そのために、今日は一日パンフレットを持ち歩いてたんです。
イセザキモールの入り口でパンフレットの、地図のページを広げ、
わたしは歩き出しました。


まずは、旧森永ラブ
これは入ってすぐのところにある。
今は居酒屋です。

そして松坂屋。
小さい頃よく来た記憶がある。

そのすぐ近くの柳屋という化粧品店
これは健在。
けっこう奥行のある店舗だった。

その次のGMビルを探すのが大変だった。
福富町に入ったのはいいが、
道を一本間違えて、○ープランド街、ホテル街を無駄にさまよい、
ちょっと怖いおじさんとぶつかりそうになって紙一重でかわし、
もう一度モールに戻ってみた。
ないぞ。。。???

というわけで目的地を根岸屋に変更し、
ずっと先へと進む。
それはすぐに見つかった。
大きな駐車場に姿を変えて、
そこだけぽっかりと何かが持って行かれてしまったような空気があった。
その周辺の建物たちさえ、失った喪失感を漂わせていた。

かつて横浜の夜の象徴として多くの著名人も通い、
戦後を生きる人たちが集った場所は、
火事によって焼け落ちてしまった。
それが事件だったのか事故だったのかは未だに分かっていないという。
Iさんに言わせればきっと事件だと言うんだろう。

この話は後で書くとして、
わたしはもはや跡地としか見ることのできないその空き地の前で、
しばし立ち止まり、
「もうちょっと前に来て見たかった」
と思った。

そしてもう一度わたしはGMビルを探すべく、モールを引き返す。
さきほどちょっと怖い思いをした道をもう一度突き進み、
二つほど路地をまたぐ。
大方この辺りだろうという検討をつけて左に曲がってみたら、
GMという大きな文字の看板が見えた。
やった、見つかった!!

意気揚々と歩き出したわたし。
目の前からいかにも強面なおにいさんがやってきて
なにやら怒鳴ってきた。
やばい。どうしよう。
そのときわたしはipodのイヤホンを耳につけて
Led Zeppelinを聴きながら歩いていたのだが、
そうやって
「聴こえないフリ(外界に興味をもっていないフリ)」作戦で
一応自分の身は守ってみようと思っていたのだった。
ところが怒鳴られてしまったのでさすがに引き返そうかと思ったら、
後ろからまた大声が聞こえてきた。
ますますやばいんじゃないか??

そのあとわたしが取った行動。
ずばり、後ろを振り返ってみた。(ある意味危険)

そして謎は解けました。
前から怒鳴ってきたおにいちゃんは、わたしの背後にいた人物に対して
大声で呼びかけただけだったらしい。

なんだ。。。
びっくりさせてくれるなよ。

こうして無事、
映画で観たあの階段と、GMという文字を真正面から見ることができました。
意外とネオンがいっぱいあったんですね。
外観はビル自体の老朽化が進んでいることを如実に表した感じでした。
そのうち、このビルも取り壊しになってしまうんじゃないか。
そう思うと、さびしい気持ちになってきました。

そんな気分でGMビルをあとにし、
かつてはメリーさんが行き着けだったというクリーニング屋跡へ向かう。
今は中華料理屋さん。

そこはささっと引き上げて、関内駅を通り越し、
アート宝飾のビルと、行き着けだったカフェ「相生」へ。

アート宝飾のビルにはベンチがあるはずだったのだが、
ビルの1Fはスタバになっており、ベンチは撤去されていた。
すごいスタバを恨んだ。
スタバのブランド戦略の元、メリーさんの形跡が消されてしまったことに、
なぜか怒りを覚えた。

カフェ「相生」は前を通っただけで帰る時間になってしまったのだが、
ウィンドウにヨコハマメリーの映画のパンフレットと、
一組のティーカップが置いてあったのを見て、
「これは絶対にメリーさんが使っていたものに違いない」
と思った。
ほんとうはマスター?にそのことを確かめたかったのだが、
なにせ時間が押してしまったため、次回に持ち越しとなった。

次回のメリー・ツアーは、
野毛に行く予定です。
時間と精神的余裕があれば寿町まで歩きます。
まぁ後者の方はさすがに誰か連れてった方が良さそうな気がする。

とはいえ、まったくこの横浜に興味のない人と一緒に行くつもりはなくて、
むしろそうなりそうだったらわたしはやっぱり独りで世界に浸りながら歩きたい。
そうではなくて、
ほんとうは横浜を昔から知っている人と一緒か、
一緒に横浜を解明したい人と一緒に、
ひたすら歩きたい気持ちの方が強い。

同行したい人、メールお待ちしております。
もしくはmixi経由とかで情報もお待ちしています。


今日はわたしの中では結構冒険的な日でした。
Iさんに、
「あんた、ここ独りで行っちゃだめだよ」
と言われた場所に、
まさに独りで乗り込んで、
「だれだあの人?」
と真剣に思われたであろう、今日。
なんていうか、すっごい変な格好で行ったのもある。(手抜きだったのさ)
あと洋服の紙袋を抱えてて、いかにもサマーセール行ってきちゃいました的な女が、
なぜここを独りで歩いているのだ?
という違和感があったんでしょうね。

そこをわたしはツェッペリンと共に風をきって通り抜けてきました。
気持ちよく歩き、気持ちよい疲労感に包まれて、
わたしは一人の人間が見た世界を、
たとえ同じものではないにしても、
見ようとし、感じようとしました。

こういう感覚。
好きなんです。
誰かが歩いた道、
誰かと歩いた道、
誰かがいた空間、
誰かといた空間、
こういうものを追体験することは
他人の(あるいは自分の)記憶を手繰り寄せ、
再体験するということ。
まったく同じ感情は味わえない。
違う感情を引き起こさせたその道や空間は
一体どんなものを内包しているのか。
これを考えるのが好きだ。

だからついでにわたしは今日、とある場所にも寄ってきました。

それは、横浜トリエンナーレで大好きだった人たちが住んでいた場所でした。
細い路地の中央あたりに静かに平穏な空気と一緒にたたずんでいました。

この場所には実はあれから何回か来ている。
独りで。
あの日、あの時、寒い時期の夜に見た風景とは違う、
梅雨で湿った空気の中にたたずむ、古い建物。
周りの環境は変化したけれど、
この場所に彼らがいたことは変わらない事実。
そしてそのことをわたしはずっと忘れないし、
たとえこの建物が壊されてしまって別のビルになったとしても、
誰かに語っていきたいと思っている。

そうやって、人と場所の記憶を
人から人へ、場所から場所へとつなげていって、
わたしは確かにその街の歴史の中の1ページを体験したんだ
ということを感じていたい。

その1ページは全体の歴史から見てみたらちっぽけなものでも、
わたしの中では大きい。

そういう体験をこれからもしていきたい。
たとえ忙しくたって。

*****

メリー・ツアー第一弾のレポートは以上で終わります。

Posted by fre9 at 2006年07月03日 00:36
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