2006年07月01日

ワールドカップサッカーのfre9的見方

がんがん書いてきますよ。

わたしは今声を大にして言いたいことがある。
それは、
「わたしはフランス大会からサッカー観てるんじゃ!」
ということである。

fre9的サッカーライフの特筆すべき事件として、
4年前の、
「ベッカムファン離脱宣言」
というのがある。

フランス大会でわたしが注目してたのは
デビッド・ベッカムで、
応援してたのは現ドイツチーム監督のユルゲン・クリンスマンだったのだが、
その後クリンスマンは引退し、
ベッカムはアルゼンチン戦の戦犯として追われる立場にあった。
その頃からわたしは批判の的となっても
サッカーで返事を返すベッカムの素晴らしさと精神にほれ込んで、
ベッカムファンを名乗るようになったのだ。

ところが、4年前の日韓合同開催の手前あたりから様子はおかしくなる。
日本で「イケメン♪」というテーマのもと、
にわかベッカムファンが増え、
本人もなんとなくコマーシャルベースに乗るようになってから、
ファンと名乗るのが馬鹿らしくなった。
もちろんベッカムはカッコいいとわたしだって思っていた。
だけど、わたしは
「ベッカムが好き」というと
「イケメンだしねw」
と返されるのが非常に不愉快で、
「わたしはあなたみたいなにわかファンじゃないのよ!!
4年前のこともまったく知らないようなあなたと一緒にされたくない!!」
と言いたくなった。

それで、ファンをやめる宣言をしたんでした。

そして今・・・

わたしはある選手に注目しています。


それは、イタリアのガットゥーゾ。
髭もじゃで毛むくじゃら感漂う男である。
彼のことは男性、と言ってはいけない。
野性的性質あふれる「男」なのである。

わたしは彼のある映像を見て、
「これはすごい」
と思った。

暑い日に試合をしていたのだと思うが、
水の入ったバケツに頭を突っ込んで頭全体を冷やし
そのままピッチにダッシュで戻っていく、ガットゥーゾ。

彼を形容する言葉として、
「ファイティングスピリット」
というのがあるが、
ああいった戦う男の剥き出しの精神を惜しげもなく出す選手は好きだ。
とはいえ乱暴者というのでもない。
それを自分の中のキャラクターとして認識し、
それで「仕事」をするつもりでいる。

なにしろ、ボールへの執念がすごい。
サッカー選手たるもの、ボールへの執着心がなければ終わりだと思うが、
彼のは人とは違う次元にいる。

ボールがあるところに必ずいるのだ。
野性人、ガットゥーゾは。
なんかやたら毛もじゃの人が来たなと思ったら、
ガットゥーゾ。
あいつ、ボール離さないけど誰だ?と思ったら、
それが、ガットゥーゾ。

ボールがあるところにすぃっとやってきて、
仕事をするんです。
懸命と言ってもいいくらい、一生懸命。
それがやっぱり周りからの信頼につながっていると思う。
技術的な巧さに注目が集まる大舞台において、
とにかく勝つというところのためだけに頑張れる。
自分のことと周りのことを誰よりも分かっているんだと思う。

そういう精神が好きなんです。
野性動物みたいな感じだけど。
髭のある人が好きなわたしでも、
ちょっとくらい剃れよ・・・と思うくらい髭がすごいけど。

トッティより、デル・ピエロより、
ガットゥーゾです。
(女性には人気がない、ということも、またイイんです 笑)


ではここから
超私的観点から観た、他の選手や監督について書こうかと思います。


シェフチェンコは何となく男性としての魅力にあふれていると
今日思った。
今まで思ったことなかったけど、今大会における彼からは何かを感じます。
そしてそれが何か母の言った一言で悟りました。
彼は、
しょうゆ顔
なんです。
なので、親しみが沸くんです。


そして、かつては好きだった、クリンスマン監督。
あの人、なんなんだ。。。
あの人の喜び方、すごくないか?
あの人、そんなキャラだったか??

昨日のアルゼンチンVSドイツ戦
彼の喜び具合はちょっと心配になるくらい激しかった。
40歳を超えてあそこまで熱狂的に盛り上がれるおじさま、初めて見た。
ま、それが良いんですけれどね。

そうなんです。
彼のあの飛び上がり具合、チームにとってはとても良いんじゃないかと思っている。
彼はたしか42歳だが、
ドイツチームの選手たちにしてみれば
ちょっと年上の男
である。
日本代表のジーコと選手たちの間柄が
「父と子」であったならば、
ドイツは
「兄と弟」

この関係はぶつかり合いも多いだろうが、逆に結びつきが強くなるのではないか
とわたしは思っている。
兄貴といえる年上の人は
「一緒にがんばろうぜ」感があると思う。
逆にお父さん的立場の人は
もうちょっと距離間がある。

昨日の試合の最後、PK戦になったとき
ドイツチームは全員で肩を組んでいた。
あれは、クリンスマンという
ゴールを入れれば飛び上がって走り出すような、
まだサッカー少年のような兄貴がいるからこそ、
みんなが一つになったんじゃないか。

もちろんそれがクリンスマンという人の魅力でもあるわけだけど。

わたしはそんなことを考えていました。

とはいえ、日本代表にはまだまだお父さん的な監督が必要だと思っている。
そして放任主義のお父さんよりかは、
多少強権主義なところのある人。
トルシエはその意味で合ってたと思う。
要するに、スーパースターだった人の言うことは、
次元が違いすぎて中田英くらいの選手しか分かんないんだと思ったということ。

それはどの組織でも同じだと思っていて、
ほんとうは両者は歩み寄らないとうまくいかないんだけど、
根本的なところで正反対の生き方をしてきた者同士は、
結局通じ合えることは不可能だということを最初に認識しておかないと、
悲劇が起こる。


次のオシム監督はどうなんでしょうか。
そして、K淵さんのあの失言放送。
絶対に裏で誰かが操って言わせたと確信してる人
どのくらいいるでしょうか。
わたしはあれは偶然じゃなくて必然だったと思ってます。
協会を切ってみたらきっと膿がいっぱい出てくるだろうな。
それが選手や次期監督に影響しないことを祈ります。


おわり

Posted by fre9 at 2006年07月01日 22:41
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