2006年06月04日

ことばは、

思い出

希望

とかとか。
今CMから聴こえてくる。
朝日新聞の広告。

わたしの答えは、

無力


ことばは、無力すぎて、
時々哀しくなる。

曇りの日の鬱々とした気持ちを表すのは難しい。
わたしは曇りの日はときどき好きで、ときどき嫌い。
曇りの日ってそんなもん。
そんなもん、をあらわすことばはない。

さしたる不安があるわけでもないのに、
明日どうやって一日過ごせばいいのか恐怖に駆られる。
それを伝える手段に、ことばがある。
でも、伝える術が見つからない。

どんなに心から愛していても、
それを「愛してる」以上に伝えられることばが見つからない。
どんなに綺麗な青空を見ても、
その透き通った色を表現したもので、
「清々しい」以外にしっくりくることばが見つからない。
愛のことばや、美しさの表現には、
時に比喩が用いられるけれど、
その比喩の感性を理解し合える人は、地球上にどのくらいいるのだろう。

ことばを使って伝えようとすればするほど、
虚しくなって、
心の中から感情がぽろぽろと落ちていってしまう。
逆に表現しなさすぎても、
今度は自分と他者との間に、
霧がかかって、
それが薄曇のベールになって、
しまいには殻や壁になって、
ある日突然崩れ落ちれば、
それは深く切り込まれた溝になる。


それでもわたしたちは
ことばを使って伝えることを辞めようとはしない。
歌だって、ことば。
コミュニケーションの大半は、ことば。
メールも、電話も、ことば。
毎日、大量のことば達が消費されては捨てられていく。
彼らが持つ意味を考えてもらう暇もなく、
記号として処理されて、
死んでゆく。

わたしは、今週、一体どれくらいのことば達を見殺していったんだろう。

既に殺されたことばを見て、
その叫びを考えることなく、
切り捨てるしかなかった。

ことばは、何も伝えてはいなかった。
既に、命などなかったから。


それでも、
いつかことばが命を吹き返してくれることを願って、
ことばの命が長らえる環境を願って、
わたしはことばを使う。
ことばに力はあると信じて、
その力の引き出し方を考える。

常にそうしていよう。

そうすることで、
常にわたしに付きまとう、
いつか死んだことばを使う人間になるのではないか、という恐れは、
多少忘れられる。

忘れたくはない。
わたしはことばがそれでも好きだ。

Posted by fre9 at 2006年06月04日 02:35
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