5月病っていつから発病するんでしょうか。
っていう話を今日していました。
おそらくは連休明け説濃厚。
私は5月病になる気配もない感じですが、
わりと周りは5月病発病者多し。というこの状況。
私も話を聞いていたら、欝になってきた。
来週発病したりして。
でも、私は凹みません。
マイナス発言はしない。
夢がありますから。
私は夢を見るのは良いことだと思っている。
どんな小さな夢であっても。
むしろそれらを全て捨てて、全てに対して諦めているよりか、
断然良いと思う。
心の底から守りたいと思うもののために、自分を犠牲にするのは私は厭わない。
むしろ犠牲とも思わずに没頭する。
自分の人生に対して、自分で諦めてしまったら、
もう誰も救ってくれる人はいない。
最後は自分しか救えないというのに。
私は常にこう思っている。
運がよかったから、私はここまで生き延びてこれたんだ。
これはとても刹那的な考え方につながる時もある。
それと反対に、こうも思っている。
3年、5年後の自分の理想像があるから、
今の自分を精一杯生きる。
これは長期スパンで見た自分の生き方だ。
相対する二つの考え方が常に私の頭の中にある。
私が凹むたび、どちらかの価値観が頭をもたげて私に囁く。
時には、
今しかチャンスはないよ、と言う。
時には、
右脳じゃなくて左脳で動けよ、と言う。
たいていはそのときに都合の良い解釈で解決させてしまうのだが、
この2つの対立項が自分の中に存在しているおかげで、
常に一歩立ち止まって考えることができる。
とても、いい。
すべてはスーパーポジティブに生きるための私なりの解決法である。
自分の口から絶対にマイナスなことは言わないようにしようと心がけているため、
その時々でなるべくプラスに転じそうな言い方を考えてみる。
絶対は存在しないし、
私も人間なので、
愚痴る時だってあるし、
凹みすぎて周りを振り回す時もあるし、
怒り狂う時もある。
私は女神でもないし、天使でもないし、神でもない。
だけど、
3人寄れば常に愚痴が始まるという状態は、
あまりにも不毛だ。
3人寄ったら文殊の知恵までいかなくとも、
せめて少しは笑えるような空間にしたい。
そう思って生きているのだけど。
これは、理想的すぎ??
夢のある話をするのは、夢見ちゃんすぎ??
だが、誰に文句言われたって、私はきっと言う。
「それが私なんだから、ほっといてくれ」
3人というのは、具体的な数を示しているわけではないが、
最近、どうも何人か集まる空間にいくと、
どんよりした空気が流れていて、悲しくなった。
だから、GWに3回くらい友達と夢を語り合えたのは、
私の心の栄養になった。
友達間だって、
家族間だって、
組織でだって、
みんな顔が暗いよりも明るい方がいい。
身体にとっても、
精神にとっても、
その方がいい。