2008年08月31日
ニューヨークに出発します。
ベトナムから帰国したのもつかの間、
出張後の後処理に追われて、世界がぐるぐると回転していました。
で、ついに私の夏休みがやってきました。
国外逃亡します。
行き先は、ニューヨーク。
なぜニューヨークか。
よくわからないが、なりゆきでここになった。
(本当)
元々はスイスのモントルーに行きたかった私と、
スウェーデン行きを検討していた友人(♀)がたまたま電話で話した時、
私 「でもさぁ、ヨーロッパって今高いんだよねぇ、飛行機も物価もさー」
友 「そうそう、それがネックだよねー」
私 「でもどこか行きたいよねー、国外逃亡したいよねー」
友 「したいよねー、あ!アメリカだったら物価はそこまで高くもなかったりする?」
私 「そうかも。一応統計上は東京より生活費かからないんじゃなかったっけ?」
友 「まじで!じゃあアメリカにしちゃおうかな」
私 「アメリカっつったら、まずは、ニューヨーク?何気に初アメリカなんですけど」
友 「よし、ニューヨークにでも行っちゃいますか!
二人で部屋取れば一人より安いし!」
ほんとに、ほんとに、こんなゆるーい会話から生まれたニューヨーク行き。
友人はお隣のニュージャージー州にかつて住んでいた帰国子女なので、
実はニューヨークは初ではない。
で、彼女はかつての友人と再会をすることになり、
その延長で、私もアメリカ人家庭に一日ホームステイをすることに・・・
やばい・・・私の英語力、アメリカで通用するか??
アジアの中では、なんとなくの英語でコミュニケーション取れるんですけど、
ちょっと性格ののんびりしたイギリス人とも仲良くなれたんですけど、
本格的に早口のアメリカ英語に、のろのろ英語は対応できるのか!?
ま、なんとかなるだろうけど。
ブロードウェーにミュージカルを観にいくことにもしているので、
そこで、ベトナムでオーダーメイドしたアオザイをお披露目する予定です。
準備は本日の夜から始めました。
ようやく、物理的準備と心の準備が整いました。
行ってきます。
posted by fre9 : 03:23 | comments (0)
2008年08月19日
ホーチミンより帰国
帰国しました。
帰りの飛行機が揺れすぎて半泣きでした。
でも、飛行機の旅は毎回気分が悪くなってしまうのに
今回はまったくならず、平気でした。
フライト時間が短かったせいかもしれませんが、
おそらく、あるグッズの効果です。
それは、耳栓。
なんだ、そんなことか。
という感じですが。
前々から、飛行機酔いをするという話を周囲にはしていて、
出発前日にもボスとご飯食べた時にそんな話になった。
それでなのかどうか、
行きの飛行機で、ボスが、
「これ、あげる」
と私の席にやってきた。
その手の中には、エコノミークラスではないリッチな席で配布されたらしき
未開封の耳栓。
「この耳栓をどうしろと・・・」
「君、音楽やってるからさ、人より耳が良いんだよね。
で、そういう耳の良い人って、
毎回飛行機のエンジン音とかをノイズとして拾ってしまうから、
それをずっと聴いているために気分が悪くなるんだと思うんだよ。(以下自論続く)」
科学的に実証されているのかは知りませんが、
そういうボスの自論により、
「耳栓をすることによるノイズカット対策」を半ば強制的にさせられました。
ipodでクイーンでも聴いてようと思ってたのに、
「そんなものは即仕舞え!耳栓しろ!」的なオーラを送ってくるので、
しぶしぶ耳にはめ込みました。
すると不思議なことに、轟音だった音が静かになって、
アナウンスとフライトアテンダントの声が比較的ちゃんと聴こえる
静かな世界が訪れたのです。
それから数時間。
私は快適に眠りました。
帰りの飛行機でも同じことをして、同じように、気分爽快に飛行機を降りれました。
すごいぞ、耳栓。
ボス、すごい!
NY行きについてもぜひ活用したいと思ってます。
まずは耳にぴたっとフィットするマイ耳栓を買いたい。
余談が多かったですが、
以上です。
posted by fre9 : 18:28 | comments (1)
2008年08月17日
ホーチミン 食生活
ホーチミンでは、3日間連続して辛い&スパイシーな料理を食べ過ぎたおかげで、
途中、胃が疲れました。
特に、
「ベトナムでインド料理を食べてみたい」という某人の希望で行ったインド料理が
相当やばかった。
出てきた水も怪しかったのもあるけど、
辛さが尋常でなく、食べてるそばから胃がひりひりしてくる感じ。
それで、2人ともやられました。
翌日、私は柔らかいものと温かいものばかり食べました。
ボスは、アイスクリームをエネルギー源にしてました。
なぜアイスクリームなのか理由が良くわかりませんが。
夕方ごろには私はホットドッグを食べる元気が出てきましたが、
ボスはただひたすらアイスクリームを食べてました。
これは、面白い図だと思って、写真を撮って後々社内で広めてやろうか、
と思ったんですが、
私のたくらみを知ってか、
全力で拒否られました。
そんなわけで、やられた日の夜は
ベトナム家庭料理のお店でスパイスの入っていない料理を食べました。
それでだいぶ回復しました。スパイスって怖いですね。
でも・・・
日本の蕎麦が食べたいです。
冷たい蕎麦かうどんが食べたいです。
帰国は朝。
朝ごはんは絶対にざる蕎麦にしてやる。
心に誓いました。
posted by fre9 : 22:15 | comments (0)
ホーチミン5日目
5日目は、ボスの希望により、メコン川に行きました。
私はクチトンネルという、
やはりベトナム戦争の際に作られた地下通路跡を見たかったのですが、
閉所恐怖症且つ、単独行動がどうも不安らしいボスの意向もあり、
メコン川の探検に付き合うことにしました。
疲労で少々だるい感じだったのですが、
メコン川のでかさにびびって目が覚めました。
ひらすら茶色の海が広がってる感じです。
日本語ガイドつきのプライベートツアーなるものだったんですが、
ガイドさんによると、メコン川は世界で12番目に長い川なんだとか。
普通、3番目までは覚えるけれど12番目は知らない。
メコン川がすごいということがわかりました。
だって、川の中に島が四つもあるんだもの。
九龍、麒麟、(忘れた)、亀の4つだそうです。
麒麟の島にモーターボートで行って、ココナッツミルクを食べたり、蜂蜜を食べたり、
ローヤルゼリーをなめたり、普通な観光をしました。
モーターボートって言っても、日本におけるモーターボートとは違って、
木製で、エンジンがくがくのすごい揺れがおこるボートです。
かろうじて船酔いはしませんでした。
いろんな自然の写真を取り巻くってたのですが
ふと私が一人になっていたときに、ガイドさんと目が合いました。
ガイドさん、にっこり笑って言いました。
「ご主人、あちらのほうに行かれましたよ」
はい?なんて言いました!?
即刻全否定。
「Noooooooo! He is MY BOSS!!」←Justくらいつけておけばよかったな。
ガイドさん、恐縮して3回くらい謝ってきました。
ごめんね、ガイドさんは悪くない。
ただ、ちとボスとそういう関係に見られたくなかっただけさ・・・
まぁ、冷静に考えれば、年の差のある夫婦に見られてもおかしくはないかもしれん。
が、やめてくれ・・・本気でやめてくれ・・・
無理!!
それから、手漕ぎの船(カヌーみたいな)に乗って川くだりして、
ベトナム料理をいただきました。
途中、猛烈なスコールに襲われて、全身びしょぬれになりました。
でも暑い中の雨だったので、水シャワーみたいでよかったです。
夕飯はようやく念願のフォーを食べました。
フォーは、日本のベトナム料理屋さんで食べるよりも、おいしかったです。
日本のはたぶんいろんなスパイス入れすぎなんだと思います。
本場はあっさり味。
私の好みです。
posted by fre9 : 22:00 | comments (0)
ホーチミン4日目 その2
徒歩観光のリポートです。
まずは、私の強い強い強い強い・・・希望で、
ベトナムのアーティストの作品を集めた美術館へ。
そこで画集を何点かと、
ベトナムの社会的なメッセージを表現したポスターの歴史の本を買いました。
後は市民博物館や、ベトナム戦争で人民解放戦線が突入した建物などを見ました。
それから、人として行っておくべきだと思っていた、
戦争資料館にも行きました。
もちろんベトナム戦争の資料館です。
美術館も、博物館もすべてに共通して言えることは、
中国の影響の強さと、
ベトナムという国が支配され、鬱屈したものが蓄積していた時代があった、
ということが強く感じられることと、
いかにベトナム戦争の傷跡が深いか、ということです。
絵画は、1900年代初頭から最近まで、色のタッチが基本的に茶色、深緑、黒、たまに赤。
これは、迷彩服の色彩と、ジャングルの色彩と、血の色です。
全体を俯瞰してみたときに、この色彩と雰囲気を感じます。
2000年が近くなるころには、そこに蛍光色が入り始めます。
油絵に関しては隣の上司の発言によれば、
東側のメソッドで使われているらしく、
ベトナムが旧東側諸国からさまざまな影響を受けていたこともわかります。
それから、中国と陸続きということで、
経済的には中国との対抗意識があるようですが、
文化的には少し影響を受けているものもあるようです。
大理石などを彫って彩色した絵などは、中国的な雰囲気がありました。
街角の建物にも、中国風の色遣いや中国の寺院に見られる装飾をよく見かけました。
ちなみに、仕事で会った人から得た小ネタですが、
ベトナムは日本と同じく元寇の攻撃を受けているとのことで
実は日本に親近感を抱いているんだそうです。
日本はあいつらを追い返したぞ、自分たちも大丈夫だぞ、っていう。
ほんとかよ、って思いましたが。。。
最後に、戦争資料館について記しておきます。
ベトナム戦争の記録を残した資料館は、
入り口を入るといきなりエアフォースの模型が置いてあったり、
銃剣や散弾銃などの実物が置いてあったりと、物騒な雰囲気ですが、
ただ一箇所だけ、誰もが静かに見ている場所があります。
それは、枯葉剤の影響を受けた子供たちのパネルの部分です。
戦争が起こる背景には、何カ国かの思惑の違いがあります。
話し合いで決着がつかなくなった最終手段として武力を使うということを、
是とするか否とするか。
価値観の違いだけで片付けるわけにはいきません。
特に、何の罪もない子供たちが、
まったく知らない人からまったく知らない間に
生涯をつぶされてしまうような非情な被害をこうむっている事実を見れば、
余計にそう思うことだと思います。
ここにある、四肢と脳、内臓に影響を受けた子供たちの写真は事実です。
二重胎児として生まれたものの、
ベトちゃん、ドクちゃんが受けられた分離手術を受けられる状況ではなく
(心臓部分が二重になっていたため)
生きることが叶わなかった子供の遺体と、
死んでしまった胎児のホルマリン漬。
これらが皆事実として起こったことであることは、
誰もがわかります。
たとえ、米国がベトナムに対して行ったこととして紹介されていることの中に、
多少の歪曲や拡大解釈があったとしても。
資料館で、そのような発言をしている人が数名いましたが、
それでもこの子供たちのパネルの前では、誰もが黙りました。
言葉にならないとは、こういうことを言うのだと思いました。
街中にも、所々ぽっかりと廃墟になっている部分があるのを時々見かけました。
私は見ていなかったのですが、上司によると、
市場の前に、枯葉剤の影響を受けたと見られる人が立っていたそうです。
ベトナム戦争終結後、30年以上が経っても、
まだ、傷は残っています。
サイゴンが陥落して、30年と少し。
私は陥落したときのことを知りません。
ベトナムが経済発展を始め、サイゴンがホーチミンと名前を変え、
ベトナム経済の中心地として多くの外国人が集う街と、捉えていました。
現地の空気や歴史を見て、私は思いました。
この国の人々が今ひたすらにがんばっている背景には、
この戦争があったからだ。
そう思わずにはいられませんでした。
事実、ベトナムの人口比率は、35歳以上が極端に少なく、
15歳以上から35歳までの人口が全人口の6割を占めているそうです。
それだけのデータでも、
ベトナム戦争でどれほどの人が死んでいるかが分かります。
仕事としてベトナムに来て、
ベトナム経済の発展状況について調べていましたが、
本当はこういうところからきちんと学んで行くべきなんじゃないのかと思います。
出張にもいろいろ種類がありますが、
ただ単に仕事をこなすだけではなく、
社会背景を知るためにも、
こういう博物館や資料館に足を運ぶことは重要だったなと改めて思います。
posted by fre9 : 21:29 | comments (0)
ホーチミン4日目 その1
4日目と5日目は土日でした。
仕事がなかったので、ホーチミンを楽しむ、というタイトルで
いろいろ回りました。
まず、私はアオザイのオーダーメイドをしようと思い、
事前に調査して目をつけていた日本人経営のテーラーに朝イチで来店。
お名前は、ZAKKA(ザッカ)。
なぜここにしたかというと、
まぁいろんな本に紹介されていたというのもあるし、
アオザイ作るなら自分の希望をきちんと伝えたいというのがあって、
日本語が通じるお店にした、というのが大きい。
英語で「もっとやわらかい色がいい」とか「この生地はこのくらいのカーブで」とか
そういうニュアンスがうまく伝えられる自信がなかったのです。(汗)
ましてや、ベトナム語は「ありがとう」しかしゃべれないから難すぃ。。
生地からこだわって採寸してきました。
今日仮縫いで着たときに、この選択は正解だったな、と思いました。
明日、出発前に受け取れます。
わーい!!
このお店に行く前に、道に思い切り迷って、いろんな人に道を聞きました。
早口のベトナム語でガーッと言われ、よくわからずさらに迷い、
汗だくになってやっと見つけました。
ドアを開けたときに言われた「いらっしゃいませ」の一言。
心のオアシスのようでした。。
その後、国営百貨店に行きました。
百貨店といっても、日本で言うイトーヨーカドーに近いものがあります。
基本的に小売のお店が立ち並んでいるモールの雰囲気だけれど、
食料品、生活用品売り場は、かばんをロッカーに預けて買いに入ります。
そこで、ベトナムコーヒーやらお菓子やらを買いました。
あと、エースコックのインスタントラーメン(インスタントフォー)を買いました。
仕事の関係で得た知識では、ベトナムのインスタントラーメンの4割を
エースコックが製造・販売しているのだとか。
じゃあ、せっかくだから買って帰ろうと、ネタ土産として買いました。
あとは、百貨店の中でお土産に良いものをいくつか買い、
女子としての買い物欲はいったんおさまりました。
で、てくてくと歩いて、シェラトンホテルのロビーに向かいました。
ロビーのソファには、ラフな格好をした私のボスが座ってました。
はい。
「女子としては、買い物を楽しみたい気持ちもありますんで、
しばらくほったらかしにしてくださいませんか?時間かかると思うし迷惑かかるんで。
(っていうか、付いてこないでもらえるとうれしいんですけど。
男が後ろでうろうろしてると気になって買い物に集中できないし・・・」
というリクエストを事前にしていたわけです。
その代わり、ほかの観光には全部付き合いますから・・・
ってことで、そのお約束を果たすため、
待ち合わせ時間にきちんとシェラトンに行きました。
ここから、怒涛の徒歩観光が始まります。
posted by fre9 : 21:10 | comments (0)